まだ7日。 されど7日。 もう7日。
「…電話くらいしてこいっての」
大江戸の今でゴロゴロと行儀悪く寝転がり、足をパタパタとさせながら膨れているのはトレードマークのおさげもメガネもないが、山口久美子その人だ。
教師人生で一番最初の生徒を卒業させて、「やっと肩の荷が降りたー!」と一家揃って祝杯を挙げたのはつい2日前のこと。 先生家業というのは意外にも休みが少なく、卒業式の翌日から黙々と出勤して仕事を済ませ、本日は貴重なおやすみだから、家でのんびりと…しようと思っていたのだが。
いざ時間ができるとやっぱり考えるのは一週間前に卒業させた生徒の事。
中でも、卒業後もうすぐちょっとやそっとじゃ会えなくなってしまう奴に想いを馳せてしまうのは…元担任としては普通…だと、思う。
担任していたクラスでも、いつも傍に居て、休日だって一緒に遊んで、大江戸に遊びに来たり…それこそほぼ毎日会っていても2日に1回は電話やらメールをしていた仲だというのに、卒業式後のクラス打ち上げが終わって送ってくれて以来、とんと音沙汰がない。
アフリカへ行く準備で忙しいのだろうと考えると、邪魔しちゃダメだよな、と思ってこちらから連絡するのも気が引けて…そして冒頭の呟きになるわけである。
「あーもー何してるんだよー沢田あー!」 「…元担任の家に居るけど」 「ふぎゃー!!?」
いくら睨みつけても鳴らない携帯を畳の上に放り投げて、大の字になりつつ不満を叫んだ直後、待ちくたびれる程連絡を待っていた本人…沢田慎の声が頭上から落ちてきて、久美子はなんとも色気の無い叫び声をあげた。
「しゃっしゃっしゃわだあ!?」 「よ」
しかしそんな姿もこの1年ですっかり見慣れてる慎は特に驚くでもなく、在学中と変わらない短い挨拶をして久美子の隣に腰を降ろし、呆けた久美子の頬を摘む。
「なんれここに!」 「…あっち行く準備も大体終わったし、そろそろお前が痺れ切らしてんじゃねぇかと思って」 「痺れなんか切らしてねぇぞ!」 「現にさっき叫んでたの誰だよ」 「むぐう…」
卒業しようとしまいと、変わらぬ慎の態度。 傍から見ればたった一週間しか経っていないのだから、変わらない方が当たり前かもしれない。 それでも、もうすぐ同じ地を踏み、同じ時間を過ごすことさえできなくなることを思えば、変わらない慎が何よりも嬉しかった。
「いつ行くんだ?」 「明後日」 「…あたし仕事じゃねぇか!!何時だよ!?」 「泣くのわかってて見送りなんかさせるわけねぇだろ」 「なっ…かねぇよ!」 「…大丈夫かよホント…」
口をへの字に曲げて、なんとか涙を零さないようにと無駄な足掻きをしてる久美子に、慎の顔が困ったような、それでいて嬉しそうな、なんとも複雑な表情になる。
「大江戸の人達に挨拶ってのもあったんだけど」
片手で久美子の頭をポンポンと撫でて、もう片方の手でポケットを探り取り出した何かを久美子の手の平にコロリと入れた。
「…これ、お前がいっつもしてたヤツ…」 「やるよ」 「!」 「オレがいない間、ソレに話聞いてもらっとけ」 「…返事しないじゃん」 「帰ってきたらオレがいっぱい返事してやるから、それは我慢。…できるか?」 「………う~…」
手の平に転がった、慎が出会った時から卒業までいつも親指に嵌めていたシルバーリングを握り締めて、耐え切れず久美子の目からボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。 見知らぬ人と物ばかりのアフリカにたった一人で旅立つ慎が、自分ではなく久美子の心配ばかりしていることが、彼らしくて。
「今の内にたっぷり泣いとけ」
無愛想な言葉の裏に優しさを見え隠れさせながら、慎は久美子の頭を撫で続けるから、決して言うつもりの無かった言葉まで涙と一緒に零れ落ちた。
「寂しい…」 「オレも寂しいよ」
そして同じ言葉を返してくれた慎に、涙を止められないまま久美子が続ける。
「さ、寂しいって…思ってて…」 「うん?」 「あたし、が。いない事に、慣れないでくれ…」 「…あぁ」
ずっと日本で待ってるから。 いない事に慣れて、帰るのを忘れたりするな。
珍しく目を合わせずに言う久美子の肩に額を乗せて、
「じゃあ、帰ってきたらちゃんとどん位サミシカッタか教えろよ」
慎はリングを握った逆の手に指を絡ませ囁きながら、涙で冷えた頬に自分の頬を摺り寄せた。
Fin
ハッ!く、暗い!? でもリングを渡すのは王道ですよね~♪ 他の作家様方が書いてるのを読んで胸キュンしまくりましたが、やっと自分でも書きました。 一応くっついてない設定で、未告白だけど両思いです。
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