恋する貴方へ贈る百の花
015  昼顔/束縛
 天気の良い日曜日。
 することも無く、いつもつるんでるメンバーを誘ったけど珍しく誰も捕まらなくて、それなら…と半年前に卒業した高校の担任の家に行こうと、一人のんびりと足を向けていた。

 たまたま暇で、たまたま誰も捕まらず。特に計画した上で一人になったわけでもないのに、ちらりと自分と同じ気持ちを持った親友の顔が脳裏に浮かぶ。

「ぬけがけ、になんのかなコレ…」

 まあ、なったとしても今更引き返すつもりもないけどねー。と罪悪感が軽くなるよう、いつもの調子で呟いたが、例え故意に自分が抜け駆けしようとも、あの寡黙な親友は何も言わずに溜め込むだけだとわかっているから、

「結局できねんだっつーの」

 すっかり人の良くなってしまった自分に溜め息が出る。

 本来、こんな自分は「らしくない」。
 明るく楽しくがモットーで、本気で恋愛なんていつできるんだろーなんて思いながら女の誘いに乗るのが常だ。

 そして初めて本気で好きだと思ったのは、高校の担任なんて茨の道。しかも親友まで同じ女に惚れたとなれば、「らしくない」溜め息も増えるというもの。

 今でもそれなりにお誘いは来るので、体だけでも発散する為に誘いに乗るし、気持ちのいいことで体は満足するが、抱いた後で浮かぶのはやっぱり惚れた女で自己嫌悪に陥る。

「あー…会いてぇなー…」

 抱くどころか、キスも、抱きしめることすらできない相手を思い浮かべて歩を進め、普通の一般人には到底縁の無さそうな門構えが見えてきた。
 訪れたのはほんの数度、回を重ねてもどうにも毎回いやな緊張感が拭えない引き戸をカラリと開け中に声を掛けると、見慣れた太っちょ…もといミノルがドスドス足音を鳴らして出迎えてくれた。

「あっ。お嬢の生徒さんだった………いらっしゃいやし!」

 どうやら名前が咄嗟に思い出せなかったらしいが、認識はちゃんとされているらしいことに安心する。

「すんません、ヤンクミいまスか」
「ちょっと待って…あ、どうぞ上がってくだせぇ!」

 促されて「お嬢~!」と声を掛けながら進む後について行き居間の前に到着すると、先に入っていったミノルがキョロキョロと辺りを見回して、そこにいたらしい人に久美子の居場所を聞く。

「慎さん、お嬢どこッスか?」
「あいつなら今部屋に行ってすぐ来ますけど…客ですか?」
「へぇ、黒銀の元生徒さんで…こっちにお通ししてもいいッスか」
「どうぞ」

 どこか艶のある声をした、恐らく若い男が了承の返事をして「こっちにどうぞ!」とミノルに居間へ突っ込まれ、出された座布団にいつもはしない正座で座った。

 居心地悪ぃ~…。

 やはり普通の家ではない上、この場に久美子がいない所為か腰が落ち着かない。
 多分お茶でも入れに行ったミノルを見送り、先ほどの声の人物もいるのかと縁側の方へ視線を向ければ、どうにも「極道」とは似つかわしくないどこもかしこも嫌味な程整った容姿の男がのんびりとお茶を片手に将棋盤と向き合っていた。

 時折吹く風に靡く黒髪の下、伏し目がちの綺麗な二重と長い睫、通った鼻筋に厚めではあるが意志の強さを表わすように閉じられた唇。

「…何?」

 声と合わせると、色気が倍増するかのようで…意識無く見とれていたことに気付き、隼人は慌てて「いやっ!な、なんでもないッス…」とブンブン顔の前で手を振った。

 自分は自他共に認める女好きなのに、男に見とれるなんて恥ずかしいことこの上ない。しかも自分だって見た目にはそれなりに自身がある。
 …あるが、目の前にいる男の色気はそんな気がない隼人さえもドキリとさせる何かがあって。

 一体こいつは何者なのか、何故この家に当たり前のようにいるのかが気になるが、家の雰囲気に緊張した頭はいつも以上に働いてくれなくて口が動かない。
 そのまま悶々と疑問だけを抱いて過ごすこと数分、パタパタと軽い足音と騒ぐ久美子の大きな声が聞こえてきた。

「なあなあ!カーテン赤くしてもいいか?」
「却下」
「えぇ~なんでだよっ!壁赤くするの我慢したのに!」
「壁赤ぇのは実家だけで十分だろ」
「赤くなきゃ自分の部屋って感じしなくて落ち着かないっ」
「散々人の部屋入り浸っといてよく言うな、その口は」
「…じゃあカーペット」
「それなら良し。でもお前の部屋だけな」
「全部でもいいじゃなねぇか!」
「オレが落ち着かねぇよ…それより、お前に客」
「へっ?…あ、矢吹ぃ!?」

 なんだお前どうしたんだよ~!とニコニコ寄って来た久美子は、先程までの慎に対する甘えた様子とは180度違う「教師」の顔で髪をぐしゃぐしゃと撫でた後、大きなテーブルを挟んで向かいに座る。

「元気にしてたか?」
「…山口、引越しでもすんの?」
「ん?あぁ、来週な!三ヵ月後なんだけど、どうせだから早いほうがいいかってなってなー」

 来週?三ヵ月後?
 どっちに引っ越すのかわけがわからない上に嫌な予感が拭えない。

 なんで引越し先の話でその男と相談するのか、とか。

 眉根を寄せた隼人には気付かず話を続けようとする久美子を、また将棋盤を見ていた慎がこちらも見ずに制す。

「おい」
「なんだ?」
「主語」
「…あそっか!悪ぃ悪ぃ、矢吹はわかんねぇもんなー」

 やっとわかるように説明してもらえる、と思った矢先。
 自分の頭をぽりぽり掻く久美子を映した視界の中に、見慣れないものが…否、できれば自分との特例を除いて決して見たくなかったものがあった。

「お前、それ…」

 自由奔放な元担任が自ら望んで、一人の人間に縛られた証。

「うんっ。三ヵ月後に入籍するんだ!」
「お前結婚できるんだ…」
「失礼だぞ矢吹っ!」

 見たこともない綺麗な笑顔で左手を翳す担任に、生徒として精一杯の「おめでとう」を告げて隼人は大江戸を後にした。

 大江戸一家の孫娘。
 教師と生徒。
 年上と、年下。

 色んな障害があるから、ゆっくり行こうと思ってた。
 どうせ久美子には「アコガレのロミオさま」という本当の恋愛に対する目隠しみたいなものがあったし、決して一定距離以上は近づこうとしていなかったことに、気付いていたから。

 まさか同じ「元生徒」に伏兵がいるなんて。

「やっべぇ…シツレンってチョー泣けんだけど…」

 ずるり、鼻を啜って電話をかけるのは、同じ気持ちを共有していた親友。

『…どうした?』
「竜ちゃーん、オレっちシツレンしちゃったにゃ!」
『は!?』
「今暇?暇っしょ?暇にして!オレがお前慰めてやるから、お前オレ慰めて!」
『何言って…飲んでんのか?』
「飲みてぇええええ!!」
『耳痛ぇよ馬鹿!理由後でいいから来るならさっさと来い』

 察しの良い親友は、自分の電話でもう何か掴んだのか溜め息交じりに招いてくれた。
 きっと着いたら、酒を飲んでる内に仲間が集まって、自分達の失恋パーティーと元担任の幸せを願って騒ぐだろう。

 できれば、あの左手の細い指を束縛するのは自分でありたかったけれど、あんな笑顔を見せられては気持ちを告げることさえできなくて。

 次に会うときは心から祝福をする為に、今日だけは一緒に泣いてくれそうな親友の所へと足を踏み出した。


Fin

弱気目な隼人でした。
というか、竜ちゃん踏んだり蹴ったり…勝手に抜け駆けされるわ、失恋のお知らせ持って来られるわ…かわいそうな竜ちゃん…(笑)。
今回は隼人メインの為、慎久美度は薄目です~すんません!