しばらく構ってないし、構われてない。
レポートを一通り書き終えて時間を確認してみれば、夜の10時をさしていた。
「…流石に、遅いよな」
一人暮らしなら気にしない訪問時間も、実家に住んでいるヤツ相手だと気にしないワケにはいかないから、会いたくても諦めるしかないか、と背もたれにしていたベッドにアタマを乗せる。 妙に進みの悪かったレポートは決して苦手な分野ではないのに、中々終わらなかった。
最中は一応自分なりに集中していたので気付かなかった「理由」も、終わってみれば一目瞭然で。
「あー会いてぇー…」
気付けば最後に会ってから10日ばかり経っている。 最後に電話をしてからは、3日。
別に付き合っているわけでもなく、何の約束もないのだからコレくらい会えないのは向こうにとっては当たり前かもしれないが、こっちにとってはかなりな痛手だ。 ひと段落したレポートを確認する気にもなれず、時間を確認して放り出した携帯電話を再び手にとってリダイヤルを表示した。
『もしもしっ!』 「…ヤンクミ?」 『沢田あー遅い!無事か!?』 「いや、レポートやってただけだし」 『そうだけどなんとなくだ!全然会ってないじゃないしさ…』 「終わったよ」 『……えーっと』 「ヤンクミ?」 『終わったのか?』 「うん」
本当は確認作業が残っているけど、そんなものは実際あと2時間もあれば終わるから一足先にそう伝える。
ドンドンドンッ!
「…え」 『…えへ』
受話器の向こうから聞こえる、重複したノック音と電話相手の反応から、慌てて玄関に行って鍵を開けると真っ赤な頬をしたヤンクミがはにかんだ笑顔でそこに立っていた。
「なんでいんの」 「終わったって言ったから?」 「なんでいんの!」
夏が終わって、秋口に入る季節。 昼間はいくらまだ暑さが残るといっても、この時間に外に居れば寒さを感じるくらいには冷え込むのに。
部屋へ招き入れて、あったまるようカフェオレを出してやれば、ティッシュで豪快に鼻をかんだヤンクミが満足げにそれを啜った。
「会えないかなーとは思ったんだけどさー…お前昨日も遅くまでやってたみたいだし」 「……なんで知ってんの…」 「あ」 「あ、じゃなくて」
なんだか疑問ばっかりぶつけてる気もするけど、「なんで」ばっかり浮かぶような行動をするヤンクミ。
電話した途端にここにいたり。 昨日結構遅くまでやってんのを知ってたり。
なんで?
「見てた、から?」 「…いつから」 「や、そんな前じゃないぞ!?」 「前に電話した時は?」 「ちゃんと家に…いたんだけど」
俯く様子から、どうやら3日前に電話してから毎日いたらしいことが分かった。
それ、惚れた相手じゃなきゃ一歩間違えばストーカーだっての、教えた方がいいのかとも思いながらヤンクミの次の言葉を待つ。
「それまで平気だったんだけど、電話したらなんか顔見たくなっちゃって…」 「くればよかっただろ」 「レポートやってるのに、邪魔じゃんか!」 「邪魔なヤツに電話しねぇよ」 「電話は邪魔じゃないけど、居たら邪魔じゃん…」 「居てもいいから電話してんだけど」
すぐそこまで惚れた女がオレに会いたくて来てて、それに気付かなかったなんてすげーバカじゃん。
「…なんで来てたの?」 「だからちょーっと顔見たかったんだってば」 「なんで顔見たかったの?」 「電話したから…もう、さっき言ったろ!」 「…だから。なんでオレに会えなくて、電話したら顔見たくなって、会えるかもってだけでここ来てたのか聞いてんだけど?」 「そ、れは…えっと……な、なんとなく…」
外にいた時よりも真っ赤な顔でしどろもどろになる姿を自分で鏡で見れば一発じゃねぇのって思うけど、ヤンクミに甘い…っつーより、存在自体に飢えてたオレがそこでギブアップした。
「まあいいけど…来てくれて嬉しい」 「…嬉しいか?」 「うん。会いに行こうかと思ってたけど、お前ん家に行くには遅いし諦めてた」 「…えっと、裏から入ったら…あたしの部屋直接のぼれるぞ?」
それは夜這いをしろと言われてるように聞こえるんですけど。
任侠一家の、可愛い可愛い一人孫に夜這いをかけるような命知らずはオレしかいないとわかってても、警戒心無くこういうことを言うこいつに危機感を覚える。
「お前、そういうことオレ以外に言うなよ?」 「え?何が?」 「裏から直接部屋入れとか…」 「いっ言わねぇよ!沢田だからだろうが!!」 「…ホントかよ…」 「…全く、こんだけ鈍感だと苦労するよなあ…」 「は?何?」 「なんでもないですぅー!」
赤い顔でブツブツと何事か呟いたヤンクミが何が不満なのか唇を尖らせてカフェオレを口に運ぶのを見て、とりあえず夜這いを勧められるのは自分だけのような
ので、オレはこれからどうやってこのニブチンな元担任と「約束」のいらない、理由無く会いたい時に会える関係に持ち込むかを考えていた。
Fin
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