不意打ちだった。
あいつに対して警戒なんて微塵もしてなかったのだから、油断以外の何者でもない。
そして、その後に心臓の音が耳鳴りみたいに大きく響いたのはきっと、慣れない事をされたからだってだけに違いないんだ。
生徒の一時の気の迷いになんて、あたしは構ってられないんだから。
この頃多くなった、沢田との下校時間。 無愛想なあいつはあたしの話に相槌を打ったり、たまに余計なつっこみを入れる位で後は黙ったまま隣を歩く。 他の生徒だと話が途切れることが無いようにちょっと気を使ったりもするんだけど、沢田に関しては最初に実家の事を知られて秘密を共有してたからか、一切そういう気遣いをしなくても気にならない相手だ。
まるで家のモンを相手にしてるような、そんな安心感。
心地よくて…なのに。
「今日うちで夕飯食ってけよ。昨日おじいちゃんがさー、いい手思いついたから沢田呼んで来いって…」 「ヤンクミ」 「ん?なんか用事あるか?」 「ヤンクミ」 「なんだよ~?」
半歩後ろを歩いてた沢田を振り返って。 伸ばされた手にメガネをひょい、と退けられて、何をするのかと聞こうとした所で時間が止まった。
「…………え?」 「…好きだ」
メガネが無くても見える距離の、真っ黒で大きくてキレイな沢田の目。
優しく触れたままの唇が、聞きなれない3文字の言葉を紡いだ。
目を見開くことしかできないあたしに苦く笑って、優しく触れ合うままだった唇がもう一度しっかりと重ねられる。
「今日は…帰る」 「…………なん、で」 「わかんねぇ、けど………」
言われた「理由」は、脳みそがぐるぐるし過ぎてちっとも頭に入ってこなかった。
沢田が踵を返して、まだ少年臭い華奢さが残る背中が見えなくなった後も、他の感覚が全部唇に集中したようにさっき重ねられた沢田の唇の感触だけがいつまでも残っていた。
不意打ちで、油断以外の何者でもなくて、あいつは生徒で、きっと一時の気の迷いで。
真剣な顔で、微かに震える唇で、たった3文字に全部の思いが込められてて。
「…あんの野郎」
怒らなきゃ、と思う理性と裏腹に弾む気持ちを、どうやってあいつの卒業まで隠そうか。
「卒業まで我慢しろよ、バカタレ」
あたしまで我慢できなくなりそうじゃんか。
Fin
実は慎ちゃんよりも我慢強かった久美子さん(笑)。
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