「山口先生?」
昔、勤務していた町。 4年程前に転勤してから今まで来ることは度々あったが、本当に仕事のことだけで当時のプライベートな知り合いには誰一人会うことは無かった。
この町を歩く度、偶然でいいから会うことがないだろうか、と。
いい歳をしてそんな「運命」みたいな再会を心のどこかで望んでいた…忘れることができなかった一人の女性。
長い黒髪に凛とした雰囲気の。 僕の前で、少女のように頬を赤く染めて話すその姿は、とても可愛らしくて…。
会わなくなった頃と寸分違わぬ彼女が、あの頃とは違う井出達で今目の前に立っていた。
「山口先生じゃないですか?」 「…え…?」 「僕です、篠原です」 「篠原さん!?」 「やっぱり。お久しぶりです」 「わーホントお久しぶりです!お元気でしたか!?」 「えぇ…山口先生も、お元気そうで」
2度名前を呼んで、振り向いた彼女は一瞬不思議そうな顔の後で僕の姿を認めて、見慣れたあの明るい笑顔を向けてくる。
綺麗な秋色で纏められた服は、華奢なスタイルをより一層綺麗に見せていた。 羽織られた7分袖や、膝丈のワンピースから伸びる手足はスラリと形良くて、子供のような笑顔と一見アンバランスに見えて、その実よく調和されている。
「篠原さん、今日はお仕事でこちらに来られたんですか?」 「いえ、実は暇を持て余してしまって…」 「そうなんですか~あたしは今日は買い物なんです」
ニコニコと屈託無く話しかけてくる山口先生に、こちらもつい社交辞令ではない笑顔が浮かぶ。 味気ない休日だったのだけど、期待しつつも諦めていた思わぬ「運命」に、柄にも無く少しだけ心臓の音が早まるのを感じた。
幸い、時間も誘って不自然じゃない、昼食時。
なんだか全てに後押しされている気分で、ここから彼女と自分の何かが始まるような気がして更に鼓動が早鐘を打ち出す。
「山口先生、良ければ…」 「あっ!来た来た、おーい!!」 「え…」
誘いの文句を口に出しかけた所で、彼女が僕の背後に向かって元気良く声を掛けたことで、タイミングを外して思わずずっこけそうになるのを耐えて踏みとどまった。
「お前、声でけぇよ…」 「おそい~!」 「遅くねぇ。お前が珍しく早かっただけ」 「もうっ。一言多いんだよ」
後ろから聞こえてくる声は、当時彼女の隣に存在していたものと酷似してて。 否定したい気持ちを込めて振り向けば、記憶にあるよりも数段「男」として成長していたライバルの姿がそこにあった。
「沢田くん…?」 「…どうも」
トレードマークだった金色のメッシュは無くなり、4年前よりも幾分柔らかくなった雰囲気でするりと僕の横を通り過ぎて、彼女の横に当然のように並び立つ。
「きょ、今日は…沢田くんとお買い物なんですか?」 「はいっ!引っ越したはいいんですけど、結構足りないものがあったんで…」 「大江戸から引越しされたんですか」 「えぇ、先週に!実家から出たことなかったんで、新鮮で楽しいですよ♪」
料理とか、メニュー考えるのが楽しくて…と続ける彼女に、彼が
「まともなモン作ってるのはオレだけどな」
と突っ込んで、すかさず背中をベチン!と叩かれていた。
「余計なこと言うな!」 「本当のことを言え」 「あ、あの山口先生…」
なんでその「料理」を「沢田くんが」するのか、と聞こうとした所で、ハッと何かに気付いた山口先生が「言ってませんでしたっけ」と照れたように頭をかく。
頭に載せた左手の、薬指に光る銀色の輪。
「沢田先生になるんです」
「ヤンクミ」って使えなくなっちゃうのは寂しいんですけどね~、とあの頃僕と話していた時の様に頬を赤く染めて…でもあの頃とは違って「憧れ」じゃない
「恋」をする顔で、「なっ!」と隣の彼を見上げて微笑む彼女は、さっき「変わらない」と思ったのが嘘のように綺麗な女性の顔をしていた。
「じゃあ、篠原さん。またー!」 「えぇ、また…」
仲睦まじく手を繋いで並び歩く姿は、かつて僕が唯一持っているハンデと思っていた「年齢差」さえも軽く笑い飛ばされそうなくらい、感じさせない。
彼女の隣には彼が。 彼の隣には彼女が。
当たり前のように…。
自分がそうありたかったと、今でも燻る想いはきっと…昇華するには少し時間が掛かりそうだけれど。
言い忘れた「おめでとう」を言える頃には、不自然じゃない笑顔を向けられるようになっているかもしれない。
Fin
いつもいつもすみません篠原さん。 毎回気の毒すぎて、彼にはお詫びの言葉も浮かびません(笑)。
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