「頼むから本番では転んでくれるなよ」 「こっ、転ばないよっ!」 「今ドレス踏んで前のめりになってたのだれだよ…」 「溜め息をつくな!」 「…仲がよろしいですねぇ」
ニコニコと黒い服を着た牧師のおじいちゃんが、微笑ましそうに笑いながら式の流れを教えてくれていた。
思いの外広いチャペルの中で、出て行くタイミングや歩く速度を教わった後、牧師さんにどんなことをするのか聞いている時に沢田が余計なことを言うから…。
「だって、歩く早さがやたら遅くって…」 「…頼むから本番では」 「わかってるってばっ!さっ、どうぞどうぞ進んで下さい!」
多分からかってるんだろうけど。 口の端をあげながら言う沢田の言葉を遮って、牧師さんに先を促した。
「では、お言葉に甘えて…」
結婚式自体、そんなに出たことはないし…家業的に神社での式というものしか縁が無かった為、チャペルは正真正銘初めての経験。 キョロキョロと辺りを見回すのをたまに沢田から窘められながら、やることを指示されるんだけど…指輪の交換くらいだと思ってたら、案外結婚式って覚えること多いんだなあ…。
牧師さんが説明を進めて、誓いのキスの話になった所でちょっと楽しそうに、
「今までの最長は65秒でした。短くするもよし、最長を目指すもよし、ですよ」
と言ったのに沢田がニヤリとするのがわかる。
「…おい、普通にしてくれよ」 「この際、記念に最長目指すのもいいんじゃねぇ?」 「皆見てんだぞ!」 「ま、全員の前で堂々とできるなんて今日くらいだし」 「違うだろーがあ!!」
するならほっぺにしろ!と騒ぎ出したあたしも気にせず牧師さんは「頬でも唇でもどちらでも大丈夫ですよ」ととんちんかんなことを言っていた。
ヤバイ…このままだったら絶対最長記録にされる…。
「沢田、ほっぺ」 「だめ」 「いいじゃん!」 「だーめ」 「ほっぺじゃなきゃさせないぞ!」 「ハイハイ」
仕方ないな、といった風に頬を撫でられたからとりあえず最悪の事態は回避したみたいでホッとしつつ、式が始まるまで、チャペル横の控え室にいるよう案内され…そこには、いつもしない洋装のおじいちゃんが座っていた。
「おう久美子。リハァサルは終わったのかい?」 「うん…ふふ、似合うよおじいちゃん」 「着物ばっかりだからなぁ…俺ぁちょいと落ち着かねぇよ」
小さな小部屋、テーブルを挟んである2つのソファの片方に座って、確かにどこか心許無さそうなおじいちゃんの様子につい笑いが漏れる。
「…もうすぐだなぁ…お前ぇの花嫁姿が見れるたぁ思わなかった」 「ちょっとおじいちゃん、どういう意味なの」 「はっは!慎の字に感謝だぁな!」 「もうっ。…おじいちゃん」 「うん?」
いつも傍にあったこの優しい笑顔から卒業する日が来るなんて思いもよらなかった。 おじいちゃんがいて、若松や菅原やテツにミノル…大江戸一家がずっとあたしの家だと思ってたけど、これからは沢田のいる場所が、あたしの帰る家になる。
結婚式は挙げないで、入籍して一緒に住むことでけじめをつけたつもりだったけど、挙げる事にして本当によかった。 あのままだったら、あたしはいつまでも本当の意味でおじいちゃん達を…今までの家を卒業できずにいたかもしれない。
「おじいちゃん、今まで本当にありがとうございました」 「…おう」 「あたし大江戸に居て、本当に幸せだったよ。でもこれから…沢田ともっともっと幸せになるね」
不思議と涙は出なかった。 あたしが話すことを、目を細めて深く頷いてくれるおじいちゃんは、本当に嬉しそうに「次はひ孫を楽しみにしてるぜぇ?」と冗談めかして言った。
「気が早いよおじいちゃん」 「そうかい?」 「お時間です、こちらにどうぞ」
係りの人に呼ばれ、扉の前に立つ。 中からは「結婚行進曲」を奏でるオルガンの音と、ゴスペル。
静かに開かれた視界の向こう、少し緊張しているのか言われたよりも早いおじいちゃんの進みに合わせて歩いたヴァージンロードの先で沢田に手を取られて、今
度は真面目な顔をした牧師さんの前に2人並んで夫婦の話を聞いた後、指輪を交わして視界を覆っていたヴェールがゆっくりと上げられた。 ヴェールがあってもなくても似たような視界なのは、目から流れるものの所為で。
「…泣き虫」 「…うっさい」
意地悪な言葉とは裏腹の、優しい微笑が近づいてくる。 少し横を向いて頬を差し出し、触れられ慣れた厚めの唇が頬に………来ない?
正面に向き直ると、妙な顔をした沢田が小声で「いい?」と聞いてくるので、今更何言ってんだと思いながらまた頬を差し出すと、改めて唇が……やっぱり来ない。
それまで厳かな雰囲気に包まれていたチャペル内の空気が、一気に緩まってさざ波のように参列者から堪えきれなかったらしい笑い声がそこかしこから聞こえた。
笑われてんじゃねーか、なんでしないんだよっ!
すっかり涙も引っ込んで、怪訝な表情でまた向き直ったあたしに、やや憮然とした顔の沢田が「こっち向いとけ」と小声で言ってふわり、と頬に来る筈の感触が唇に当たり、思わず仰け反る。
不意打ちのような誓いのキスをして、退場した後…参列者が退場してブーケトスする為に、チャペル前の階段へと移動されてる最中、別室にて一時待機していたさっきの部屋で拗ねた顔をした沢田にリベンジとばかりに唇を奪われた。
「んむっ!」 「…てめぇ、避けやがって」 「よっ、避けた訳じゃ…!だってさっきほっぺにするって言ったじゃん!」 「言ってねぇよ。オレは傷ついた。すげー傷ついた」 「ご、ごめん…?」 「結婚式で花嫁に誓いのキスを避けられる新郎なんざそうそういねぇぞ」 「ごめんってば!」 「…ま、後から存分に詫び入れてもらう」 「うぇえ~…?」
絶対こいつ、最長記録狙う気だったんだ…。
それこそ結婚式にあるまじき妖艶な笑顔を向けてくる沢田の「詫び」に少し腰が引けつつも、係りの人が呼びに来るまで綺麗に塗られていた口紅と一緒に「侘び」の「前払い」を取られていた。
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テレビでしか聞いたことのなかった、大きな鐘の音と一緒に雲ひとつない真っ青な空が広がるチャペル前の階段を皆に祝われながら降りていく。
「ヤンクミィー!ブーケ頼むでぇ!」 「川嶋センセ、一回してるんだから今日は私ですよ!」 「ヤンクミー!しーんー!おめでと~!」
綺麗なドレスで着飾った先輩2人の横には、沢田とであった頃は小さかった少年がすっかり成長して学校の制服を着ている。
沢田のご両親と、うちのおじいちゃんが隣り合って笑ってて、その周りには生徒達。
人生最良の日って、きっと今日みたいな日の事だ。
「落ちるなよ」 「へーき!」
沢田の手があたしを支えるように背中に当てられるのを感じながら投げたブーケが、高々と青い空に吸い込まれていった。
Fin
再びのもしもシリーズでした~。 「アヴォイデッド・キス」訳すと「避けたキス」。どこまでもまんまです…。 前回に引き続き、結構忠実です(旅の恥は掻き捨て!)。 実際、避けた上に笑われ、主人に散々拗ねられました(笑)。 この後ちょこっとだけおまけが加わります~^^
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