君と症状<君潔癖症>
 白金学院3年D組、の。
 教室、の。
 一番後ろ、の席に。

 にらみ合う男女が一組。

「お前いい加減にしろよ…」
「こっ…こっちのセリフだ!お前こそなんなんだ今朝から!」
「へぇ…今朝からずっと避けてた自覚はあったわけだ?」

 クラスのリーダーである沢田慎と、その担任である山口久美子が机一つを隔てて向かい合っていた。
 久美子はすぐさまこの場から逃げ出したいのは山々だが、そうはさせまいと間を隔てる机の上に慎はきつく握った両手をがっちりと押し付けて動きを封じている。


 そもそもの事の発端はその前日に遡る。

  いつもの如く南の合コン狂いに珍しく従った慎が、約束どおり「顔を少し出したから帰る」と30分もしない内に店を出た所、最初から慎狙いで南に「慎参加が 条件」という約束を取り付けた女がしつこく纏わりつき、店先で慎は静かに、女は騒がしく攻防戦を繰り広げていた所でお馴染みの教師&刑事メンバーで合コン に繰り出していた久美子が通りがかったのだ。
 これ幸いとそちらに意識を向けて逃げ出そうとした慎に、久美子が物も言わず背を向けて逃亡して…逃亡し続けたまま、現在に至る。

  慎は昨日逃げる久美子に追いついた所で理由も聞けずに問答無用で鳩尾に一発喰らった上、翌日は朝から捕まえようとしても職員室や保健室や女子トイレを転々 とされてイライラはピークに達してしたし、久美子は久美子で仲が良いとはいえただの一生徒が女と居るのを見てこの上なく動揺した上、追いかけて来てくれた 慎を殴ってしまった負い目があるにも関わらず、何故そんな態度を取ってしまうのかを自分で理解できずに逃亡しつつも罪悪感に狩られていた。

 それでも、慎の顔を見れば昨日の腕にしな垂れかかって甘える女の光景を思い出して、泣きたいような気持ちが後から後から湧いて来てどうしようもない。

 かといって、顔を見ないで過ごせば大事なものをどこかに置き忘れたように落ち着かず。
 結局慎の顔見たさにちょこまかと周りをうろついては見つかって逃げる、というのを繰り返していた。

「なんで逃げてんだよ」
「…逃げてないもん」
「逃げてんだろうが。いい加減にしねぇと怒るぞ!」

 顔を見れば逃げられる、というのを惚れた女に一日中されれば、流石の慎もこれ以上ポーカーフェイスを続けるのが困難になる程には精神的に参る。
 しびれを切らして教室の死角で待ち伏せ、無理矢理捕まえれば「避けてない」とのたまって、泣きそうな表情になる。

 一体どうしろっつーんだよ…。

 深い溜息が出てしまうのも許して欲しい。

「……って…」
「あぁ?」
「だって!沢田が悪いんだっ!」
「んでだよ…なんもしてねぇだろ」
「だって昨日合コンってたじゃねぇか!」
「…は?」
「いっつも行かないのに!かっ、可愛いお嬢さんと腕組んだり…っ」
「…ちょ、っと待て」
「沢田の隣はあたしの場所だもん~…っ」

 堰を切ったようにボロボロと大粒の涙を惜しげもなく流して、ついでにこっちも惜しげもなく毀れた言葉は酷く慎を狼狽させた。
 自分を睨みつけてくる涙に濡れた大きな目には、嘘やごまかしなど微塵も無くて。

 口がにやけるのを止められない。

「わ、わらうなあ~~うえぇ~~~!!」
「笑ってねぇ…いや、笑ってるけど…ごめん、無理。止めらんねぇ」

 せめて久美子からは見えないようにと、逃げることを忘れた小さな体を胸に抱き込めば、ここは自分の場所だと言わんばかりに背に腕を回してくる。

「オレの隣はお前以外にやんねぇから」
「昨日、いた、もん~っ」
「思いっきり逃げようとしてたんだけど…ごめんな。イヤだったよな」
「うぅ~~~~~っ!」

 自分の胸で泣く鈍いばかりと思ってた久美子が、こんなヤキモチ焼きだなんて知らなかった。
 というより、自分を想ってこんな風になるなんて知らなかった。

 笑って欲しい相手が泣き濡れているのに、慎は幸せすぎてたまらなかった。

 外がすっかり闇に包まれる頃、散々泣いて心の内を吐露した久美子が我に返って必死で否定しまくったものの、付け焼刃の言い訳など当然慎には通用するはずもなく。

 結局最終的には

「あたし以外に触らせたら、触らせないからな!」

 という慎としては可愛い以外ない条件を付けられて幸せな関係が始まることとなった。



Fin

幸せそうで何よりです。