君と症状<君欠乏症>
 沢田慎は機嫌が悪かった。

 普段もそんなに感情が表に出るようなタイプではないものの、珍しく今日はあからさまに機嫌の悪さが前面に出ている。

 おそらく今この大学では(色々な意味で)一番有名であろう彼の常とは違う様子を、周囲はチラチラと伺う中、同じサークルで比較的仲が良く数少ない大学内での「友人」に属する菊地が、恐る恐るといった風に慎に話しかけた。

「おい、沢田…」
「…何?」
「なんか…機嫌悪い?」
「悪い」

 おーっと断言。

 スッパリと即答された菊地は、苦笑いを顔に貼り付けるほか無かった。
  これも普段「別に」で済ませる慎には珍しいことで、そこからも余裕の無さが窺えるが、この天下のT大でいくら注目を浴びようとも我関せずな態度を貫き、彼 女の座目当てに寄って来る女には片っ端から容赦なくポーカーフェイスで撃退するという「沢田慎」が、一体何にこれほど平常心を乱されているのかが、菊地は 気になって仕方がない。

 もう一度何があったのかと慎に声を掛けようとした所で、自分達が今現在いる食堂の入り口から決しておしとやかとは言えない大声が響き渡った。

「慎!!いたあーーー!!!」
「久美子!?」

 一斉に視線を集めたその声の主の大きくて意志の強そうな目をした女性は当然慎の元担任であり彼女となって3年が経つ久美子で、サラサラの黒髪を靡かせて一目散に慎の所へと駆け寄ってきてガッと慎の胸倉を掴み上げ、

「お前っ!おじいちゃんに何言ったんだよ!!」
「…何って…もうすぐ卒業だからお前もらいに行くって言っただけだけど」

 食堂の空気がガッチンと固まる。

 え…それって「お嬢さんを下さい」的な…?

 菊地は慎を巡る色々な(主に女絡みの)騒ぎをこの4年幾度となく見てきたが、これは3本の指に入るどころではなく、ダントツピカイチの衝撃だった。
 しかも本人の居ぬ間に、言った上…どうみても久美子本人がその挨拶をすることを了承していないようで、その証拠に掴み上げた胸倉を前後にグラングランと揺らして、眉を吊り上げている。

「なんで1週間前にケンカして仲直りもしてねぇのにそうなんだよ!!」
「ソレが原因だろ」
「はあ!?」
「お前はなんで電話もメールも返さないわけ?」
「だっ…だって、慎怒ってたじゃないか!」
「怒りもするだろうが、てめぇ何回プロポーズしてもすっとぼけやがって…この前ので10回目だぞ!」

 その慎の言葉に食堂が一気にざわめき、本人の一睨みで再び静まった。
 二人に気を取られていた菊地が改めて食堂を見渡してみると、昼食を取っている人々はほとんどが箸を物凄くゆっくりと進めるか止まっており、食事を取ってない人々は一様に飲み物などを片手に、こちらを固唾を呑んで見ている。

 オレだったら耐えられない…と思いつつ、菊地はすっかり冷めてしまった定食を食べることもできずに見下ろした。

 そんな様子に慎は気づいているのかいないのか、久美子は全く気づかずにドンドン話は進んでいく。

「で?」
「え?」
「お前の家族には承諾取った、オレの家族にも承諾取った…っつーか急かされた。で、お前はどうなんだよ。オレと結婚すんのかしねぇのかそろそろハッキリしてくんねぇ?」
「え、お、う…」

 先程までの勢いはどこへやら。
 
胸倉を掴まれた状態のままではあるが、今度は逆に久美子が押し黙り慎がこれまた珍しく饒舌に詰め寄っていた。

「てめぇオレと結婚したくねぇのかよ」
「したいよっ!!」
「じゃあそれでいいじゃん」
「おうっ!…あ、あれっ!?」
「は~…長かった…」

 なんだか勢いで元気良く返事をしてしまった久美子が、自分の言葉を反芻して「はっはめられたあ~!!」とじたばたするのを無視して、11回目のプロポーズでやっと受けてもらえた慎は深~く溜息をついて久美子を抱きしめる。

 緊張感と動揺に支配されていた周囲も、なんだかわからないが大学一のイケメンの結婚が決まった事に男は喜びで拍手をし、女は嘆きながら去った。
 特に何もしてない菊地だったが、ケンカから一転していちゃつきだした二人に当てられつつもやっと「慎の不機嫌の原因はプロポーズの返事」というのが判明したことで安心して冷め切った定食に箸を付け出す。

「もう怒ってないか?」
「怒ってない。そもそもプロポーズの件では怒ってない」
「はあ!?じゃあなんでさっき怒ってたんだよぉ」
「1週間」
「ん?」
「1週間お前の顔も見れなけりゃ声も聞けなかったんだから当然だっつの」
「それかよ!」

 やっぱりはめられた気がする!と抱きしめられた慎の胸にぐりぐりと頭を擦りつけて頬を膨らませた久美子に、さっきまでとは打って変わって満足そうな笑顔を見せた慎に、こっそりと菊地は「1週間くらい我慢しろよ!」思ったのは、言うまでもない。


Fin

慎ちゃんばっかり欠乏症っぽいですが、久美子さんだって我慢できずに大学まで会いに来ちゃったのでお互い様な欠乏症。
しかし初めてオリキャラ出したけど、何の意味もないという…。