天下の大江戸一家の孫娘は、それはそれは威勢が良い。
三代目組長である黒田龍一郎の血を色濃く受け継ぎ、並々ならぬ腹の据わり方に、極道であろうと大抵の男は敵わぬ腕っ節の強さ。
男であれば、大江戸の四代目は龍一郎の跡継ぎだと誰もが信じて疑わなかっただろうが、何分久美子は女である上堅気の仕事、しかも教職に就いている。
その勤め先である白金学院は近隣でもその名を悪い方面で轟かし、中でも久美子が担任の3年D組は「不良の巣窟」と言われる程滅茶苦茶なクラスであった。 そう、数ヶ月前までは。
先月のシンポジウムの事件で久美子の存在が知れ渡ってからと言うもの、クラスの中でちょっとした変化が起きている。
「沢田」 「なあ沢田ー」 「沢田どこだ?」 「沢田は?」 「沢田ー沢田ー!」
ことある毎に呼ばれるようになった、リーダーの名前。 呼んでいるのは担任である久美子で、気付けば酷い日など休み時間毎に呼ばれていたりするのだ。
で、呼ばれている本人である沢田慎と言えば、大人嫌いの教師嫌いだというのに呼ばれるがまま久美子について行き手を貸している。
最初は「呼びすぎだ」と異を唱えていたクラスメイト達も、毎日その状態が続けば慣れてくるというもので、久美子が休み時間に教室に顔を出せば何も言わなくても慎を呼ぶという習性が出来てきていた。
今日も今日とて、朝SHRの後と1~3時間目の休み時間に昼休み、もちろん5、6時間目の休み時間を経てSHRの後の放課後も慎と久美子は一緒にいた…というか、久美子が慎にまとわりついていたのだが、如何せん何故か久美子の機嫌がよろしくない。 しかしそんな事など気にせずに隣の久美子を無視して後ろからガッシリと慎の腕を掴んでのしかかってきたのは南。
「しーん!ナンパ行こうぜ!」 「行かねぇ。」 「近頃付き合い悪ぃじゃん!今日くらいいいだろー?」 「女引っ掛ける気分じゃねぇよ」 「そんなこと言わないでさ~立ってるだけでいいから!なっ?なっ?」
うんざりした顔で断りを入れるが、敵も今日は何故か諦めが悪い。 そして隣の久美子の機嫌もやっぱり悪く、眉間にしわを寄せたままギロリと南を睨みつけ掴まれた慎の腕を乱暴とも言える所作で外す。
「何すんだよヤンクミィ!」 「うるっせぇ!今日…今週は全部沢田に関しては諦めろ!!」 「んな無茶なあ~!」 「担任命令だ!行くぞ沢田」 「…悪ぃな南」
ぷりぷりと眉間のしわで怒りを主張してドスドス廊下を進む久美子の後を歩き出して、南に片手を上げて謝罪の意を示した。
追いかけて辿り着いた先はいつもの屋上。
さっきまでいかり肩で誰にも何事も突っ込ませない程威嚇していた女は、今慎の目の前で眉を八の字にして今にも泣きそうな風情で仁王立ちしている。
「…何、どうした?」 「今日は火曜日だ」 「…そうだな」 「金、土、日、月と連休だった」 「…そうだな」
ただ日にちを言う久美子に、答えようがなくて相槌だけを打っていたら、今度はギロッと涙をいっぱいに溜めた目で睨まれて慎は僅かに焦った。
「4連休だったんだっ!」 「いや、知ってるけど…それが何?」
返って来るのは言葉ではなく怒った顔で。
もしかして、と自分の希望も込め、仁王立ちのまま微動だにしない久美子に近づいて…そうっと細い体を腕で囲ってみる。
「…何、サミシカッタの?」 「……4連休だったのに……」 「うん」 「沢田は」 「寂しかったよ」 「…電話もメールもしなかったくせに」 「三代目と会合行くっつってたから」 「メールくらいできたっ」 「…うん」 「電話だって…っ」 「うん、ごめんな」
寂しがらせて。
文字だけのメールを見たら声を聞きたくなる。 声を聞いたら会いたくなる。
慎はそれを抑える為に我慢してたのだけど、ここまで久美子がいっぱいいっぱいになる位辛くなるのなら、我慢なんかしなければよかったのかも、と思う。 さっきまで強張っていつも通り自分の足で立とうと必死だった久美子は、目の前の黒い学ランに浮かんだ涙を吸い込ませながら細く長い息を吐いた。
「沢田がいないの、いやだ」 「オレもヤンクミいねぇのはいやだな」 「…うそつき」
胸元にグリグリと頭を擦り付け、慎の同意を否定する。
その姿はなんとも言えず、
あー…なんだこいつ、可愛すぎ。
いつも学校では理性に縁取られてる気持ちがグラグラ大揺れに揺れ、慎は沸きあがる感情に逆らえずに久美子の頬に手を添えて。
「ちょっとだけ、いい?」
了解も、否定の声も聞こえる前に自分の唇で吸い取った。
「沢田もあたしがいないとダメになっちゃえばいいんだ!」 「もうなってんですけど…」 「…うそつきっ」
あたしばっかりでズルイ!と、膨れてはいるもののさっきとは違い、ピンク色に頬染めて膨れる久美子の指先には、絡め取られる金メッシュ。
「うそじゃねぇし」
依存してるのはお互い様なのは一目瞭然だというのに、どこが自分ばっかりなのかさっぱり分からない。
「…だって、ちょっとだけでいいんだろ?」 「は?」
耳たぶまで赤くした久美子が次に紡いだ言葉で、慎は何も言うことができなくなり、2人は外が真っ暗になってからやっと校舎を後にした。
「ヤンクミ」 「………」 「オレも「もっといっぱい欲しい」んだけど」 「あたしはもう十分だ!!」
思うがまま言ってしまったばかりに、「もう十分」な位補充されてしまった久美子はどこかフラフラしながら拒否するのだけど。 それでも、手を繋いで向かう先はモノトーンの部屋だったりする。
Fin
こ…こんなハズでは…まさかのエロオチ!? エロ慎ちゃんが降臨中で帰ってくれません。わーん!
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