サプライズ・アタック
<完結編>
「お嬢…お嬢っ!」
「へ?何っ?」
「お嬢味噌汁が零れてやす!」
「あぁ…わああああっ!?」
「お前ぇ大丈夫かぁ?久美子ぉ…」
「うん大丈夫…にしてもべっちょりだ…着替えてくるよ」

 味噌汁が盛大に染み込んだ服を着替える為に部屋に向かいながら、近頃こんなんばっかりだ、とひっそり溜め息を零す。

 あの日、自宅に着いたのは1時前だったというのに、家の中へ入ったのは午前4時の少し前で、3時間程2人で車内に留まっていたことになる。
 もうすぐテツさんやミノルさんが起きてきそうだから、と背中に回されていた慎の腕が離れていった時、なんとも言えない喪失感と…満たされた気持ちが胸の中に渦巻いて、久美子は促されるまま帰宅し、ほわほわとした足取りで自室のベッドで眠りについた。

「気持ちよかったな…」

 思い出すのは、「弾み」と「お返し」のキスよりも抱きしめられた細い割りに筋肉がしっかりとついていた強い腕の感触。
 生徒だ子供だとばかり思っていた慎が、いつの間にかああして自分をすっぽり包んでしまうくらい安心感を与えてくれる存在になっていたことに、やっと気付いていた。

 あの腕の中にいる時間を思い出すと、胸の中がぽわんとしてらしくなく吐き出す溜め息も、どこかピンク色に染まっている気がする。
 そしてその後、あのキスを思い出して「にゃー!!」と恥ずかしさにジタバタ暴れ、慎から言われた告白に悶えて。

 乙女だ乙女だと主張はしていたが、昔「好きだった」刑事に対してこんな気持ちは抱いたこともなかったのが、更に久美子の乙女度をアップさせていた。

「なんだよ~恋する乙女じゃねぇか、あたしって奴ぁ!」

 むふふ、とこみ上げる笑いを噛み締め、汚れた服を着替えてからカレンダーの赤い花丸を指で突付いた。


**********


「行って来るよ~!」
「「「行ってらっしゃいやし!!」」」

 今日は元生徒に誘われて、河原で花火の約束をしており、白金・黒銀メンバー合同で珍しく全員の休みが合ったから、と企画されたそれに当然のように久美子も誘われたのだ。
 いつもであれば慎が迎えにくる所だが、今日は実家に用事があるらしく各自集合ということで、久美子も早々に大江戸を出て差し入れを買った後、河原へと向かう。

「おーヤンクミが遅刻してねぇ!」 
「マジだ!山口ぃ~花火なんだから雨降らさないでくだパイ」
「てめぇら…ロケット花火の餌食になりてぇようだな…」
「「「「ごめんなさいっ」」」」

 到着した河原には、既に何人かがいてバケツ等花火の準備をしていた。
 慎がまだ来ていないのを確認しながら肝心の花火を見ると、大人11人とはいえどれだけやるんだ?と聞かれそうな位大量に置かれている。

「こんなに出来るのかあ~?」
「ヨユーっしょ!」
「水風船もあるよーん♪」
「着替え持ってきてねーよ!」

 もうとっくに成人してるのに、学生時代から生徒達の騒ぎっぷりは変わらない。
 白金も黒銀も同じ様に、久美子を含めて仲間だと思ってくれているのが嬉しかった。そしてこんな時間を生徒と過ごせるようになった最初のきっかけは、慎で。

「あ、慎ちゃーん!」
「おっせーぞ慎!」
「沢田さんちゃーす!」
「もう始めちゃってるよー!!」

 辺りが暗くなり始め、それぞれが花火を楽しみ始めた頃、見慣れたモノトーン調の服に身を包んだ慎が、見慣れた緩慢な足取りで到着し、皆と挨拶を交わしながら当たり前のように久美子の傍で足を止める。

「よぉ」
「じ、実家行ったのか?」
「なつみに参考書貸しに」

 隣にいるのは慣れているのに、何故か慎のいる体の左側に神経が集中していて落ち着かない。
 落ち着かないのだけど、気持ちがふわふわと浮き足立って、心地よい気もする…不思議な感覚だった。

  人の花火に水風船をぶつけて消し合ったり、どこからか出してきた水鉄砲で遊びまくる内に、遠巻きで見ていた筈の慎も狙われたり等で全員がびしょぬれになっ てまるで小学生のように遊んでいる中、濡れながらも逃げ切って川辺に立っていた慎に、キスや抱きしめられた時と同じくらい…いや、それ以上の心拍数を必死 で抑えて
近寄る。

「沢田ー!」
「どうした?」
「えーとな…」

 慎が好きなのは、もう自分の中でハッキリとした確信に変わっていたが、如何せん…片思い経験なら豊富であるものの、告白なぞしたことがない久美子は何と言って伝えればいいのか。どうやって切り出せばいいやらわからない。

 さ、沢田もこんなに緊張したのか!?あいつめちゃめちゃ涼しい顔してたよな!?

 口から心臓が飛び出そう、というのはこういう事を言うのだろう。
 声を掛けたはいいものの…そこまでで、言葉が途切れる。

 慎は慎で、やや離れた場所には仲間や後輩達がいるものの、騒ぐことが大好きな久美子があの空間を離れて自分の所に来てくれたのが嬉しくて、緩みそうになる頬を抑えていた。
 大体、会うのは不意打ちでキスをされた事で堪えきれずにキスを返し抱きしめたあの日以来で、嫌われてはいないとわかっていても…告白した身としては、今日会っても避けられないかと内心ハラハラしていたのだ。
 それは幸い杞憂に終わったが、どこか久美子が以前よりも自分の傍で落ち着かない様子を見ると…言って良かったのか悪かったのか、後悔はなくても少しだけ迷う。
 だが、告白の時に言ったように、久美子以外と家庭を築いて一生一緒にいることが想像できないのだから、持久戦で頑張るしかない。

 この前ので男としては認識されたと思うんだけど…そこから一歩抜け出すのが先決だよな…。

 目の前まで来て黙る久美子を見ながら、ぼんやりそんなことを考えていて、暗い中でも分かるほど久美子が赤くなりながら言った言葉を聞きそびれた。

「え?」
「だからっ…あの…これからもよろしく!」
「…何が」
「あた、あたしはお前が好きってことだ!バカッ!!」
「…ちょ…とまて…」
「わああっ!くっつくなっ!!」
「いや無理。無理つーか。バッカお前…」

 
不意打ちすぎんだろ…

 呟く慎は
暴れる久美子をガッチリと腕の中に取り込んでぎゅうぎゅう抱きしめ、一気に混乱に陥った脳内を落ち着かせようと深い深い溜め息を吐く。

 混乱させた久美子は、慎の腕が外れない事を知って表面上は大人しくなってはいたが、こちらも告白直後にまた抱きしめられるという急展開に脳内がぐるぐると回っていた。

 そもそも人には向き不向きというものがあって、本当は「よろしく」で慎が察してくれるのを期待していたのだけど、このポーカーフェイスの想い人は事の他察しが悪かったようで…結局「好き」と言った事が、久美子にはいたたまれない。
 慎だってきちんと言ってくれたのだから自分も言わなきゃ、とは思いもしたが…やはり何度シュミレーションしようとも自分が「好き」と言ってるシーンが思い浮かばなくて「その内言う」で誤魔化そうと思っていたのだ。

 結局は言ってしまったのだけど。

「おいっ…恥ずかしいっ」
「うるせぇ、また不意打ちしやがって」
「ま、前置きなんかできるかよ!」
「しろ。心臓に悪い」

 くっついた場所から、2人分の早い鼓動がお互いに伝わる。

 夜で、しかも皆がいる側に立っている慎は黒いカーディガンを羽織っているから、そうそう向こうからは見えないと思いつつも気になって文句を言うと、珍しく素直に悔しそうな感情を表に出した声で慎に文句を返された。

 ぎゅううと抱きしめたまま左右にゆらゆら揺らされて、まだドキドキと心臓はうるさいけど、「幸せだなぁ…」なんてしみじみ感じていた久美子の頭上から

「やべぇ…オレ今すげぇ幸せ」

 同じ感想が「彼氏」の口から出て、思わず笑った。



Fin

終わりました~!
「サプライズ・アタック=不意打ち」まんまですねタイトル…(笑)。
ここまでお付き合いありがとうございました。