きゅぽきゅぽ
 別に何か理由があったわけでもなく、残暑も遠のいて気持ちの良い秋晴れの日曜日。
 気持ちよく寝坊をしようと布団に包まっていたオレは、朝っぱらから大荷物を抱えてやってきた担任は寝ぼけ眼で出たオレを見て「やっぱり寝てやがったか! こんな日に寝坊なんざ勿体ねぇだるぉが!」と遠慮も無しにズカズカあがり込み、抱えていた荷物をどっかりとテーブルに置いた。

 勢いよく開かれた中から出てくるわ出てくるわ…エライ量の。

「なんスかこれ」
「掃除道具だよ、見てわかんねぇか?」

 いや…そりゃわかるんですけどね。
 やっぱ男の一人暮らしは駄目だねぇ~なんつってるけど、この大量の掃除道具をウチに持ち込んで一体何をおっぱじめる気なのか。
 大掃除の時期にゃまだ早ぇぞ。
 つーかそもそもウチってそんなに汚いのか?

 眠気でうまく頭が回らないが、山口がここを訪れるのは今回を入れても片手で足りる程で、そんな少ない回数で気になる程…汚くしてるつもりはないんだけど。

 ボーッと見てる間に彼女の用意は着々と進んでいく。

 三角巾被って。
 細い体に程よくフィットした長Tの袖をまくって。
 エプロン着けて…ふーん、割烹着じゃないのか、意外。

「おい慎公、突っ立ってないで顔洗って着替えろ。掃除すんだから」
「なんで?」
「お前んちの掃除だるぉーが!」

 そうじゃなくてですね。

「なんでオレんちの掃除?」
「だってお前、年末に大掃除とかする?」
「しねーけど」
「だろ? ちょっと早いけど年末は師走ってだけあってあたしも暇ないからさー」
「…はぁ…」

 ここはお前んちじゃねーだろ、とか。
 そもそも年末空いてたら大掃除しに来るつもりだったのか、とか。
 色々思うことはあれども、理由はともあれ惚れた女がわざわざ自分の休日つぶしてオレの部屋のお掃除に来て下さったのは間違いない。

 休日の度に何か会いに行く理由を探してる身としてはやっぱり嬉しいには違いなかった。

「そんな汚れてないし、まず水周りからやっちまうかぁ」

 「ちゃんとお台所使えよなー」とかブツブツ呟きながら水周り用らしい道具を出していた山口が、しばらくごそごそカバンを漁ったあとピタリと動きを止め、「しまった、アレ忘れた!」とこちらへ向き直る。

「沢田、お前んちアレある?」
「何、アレって」
「アレだよアレ!えーと…トイレのあの~スッポン!ってするヤツ!」(ラバーカップ)
「あぁ…」
「ほれ!ラバーカップ!」
「きゅぽきゅぽ?」
「へっ?」
「はっ?」

 同時に違う単語を口にした後、きょとんと目を見開いてまじまじとこちらを見つめる大きな目に、恋する男の本分を思い出してちょっと赤くなりかける頬を無理矢理ポーカーフェイスで押さえ込む。

「だから、きゅぽきゅぽだろ?棒の先にゴム製のカップ型がついてる…」

 トイレのアレっつったら、それしか思いつかなくて。
 改めて聞き返しても相変わらず山口はすげー顔でこっちを見返すばかりだった。

「きゅ、きゅぽきゅぽ?」
「そう」
「おっまえ…かわいいなあ…っ!」
「はあっ!?」

 必死で笑わないよう堪えてるようなゆがみ方してる口元を一応隠してるつもりらしいが、その発言でオレが、多分、高校3年の男として世間一般的にすげー間違いを犯してる事にようやっと気づく。

「あれ、ラバーカップって言うんだぞ」
「………」
「普段すかした態度のお前がなぁ…ぷぷっ…きゅぽきゅぽ…」
「仕方ねーだろ!実家で全員そう呼んでたし!」
「ずっときゅぽきゅぽ?全員きゅぽきゅぽ!?」
「うるせーよ!!連呼すんな!!」
「だ、だってお前…じゃ、親父さんもきゅぽきゅぽ…」

 山口の視線が上に上がり、多分…いや絶対!うちの親父やオレが実家で「きゅぽきゅぽ」と呼んでる所を想像したらしく、堪えきれなくなった山口が一気に噴出して、床を転げまわりながら笑い出した。

「さ、さ、沢田が…!きゅぽきゅぽ~!かわいい~!!」
「黙れ!!」

 止まらない笑いのツボに入ったらしい。

 正式名称をしったばかりのオレですら、確かに親父が「きゅぽきゅぽがないぞ」って言ってたのを思い出して笑い出しそうなんだから仕方ないとは思うけど。
 それにしたって、赤ちゃん言葉を使っていたような気分になって恥ずかしいったらない。

「てめー掃除しに来たんじゃねーのかよ!?」
「ま、まって…ハァハァ…く、苦しい…!」
「笑いすぎだ馬鹿!!」

 ぜぇはぁ息を整えながらも、本来の目的を指摘すればとりあえずやる気はあるようで掃除道具の所へ戻るがそこでまた笑いが再発して転げまわる。

 惚れた女が来てくれた嬉しさなんざ吹っ飛んだっつーの…。

 結局、その日は山口本人が予定していた範囲の半分も進まずに終了となった。
 また、掃除終了後強制的に黒田へ連れて行かれたオレは、夕食の席でこの失態(としか思えねぇ)を黒田一家全員にバラされて針の筵を味わうこととなる。



Fin

赤慎ちゃん設定です(今頃言うか)。
うちの夫が「きゅぽきゅぽ」と呼んでいたのを知って、大爆笑したのは私ですとも!
というかメモだけだったのを急いで書いたので、後ほど加筆修正するかもです。すんません~。