オドントグロッサム
「…おい」
「…えへっ☆」

 ローテーブルに向かい合う一組の男と女。
 そして挟まれたローテーブルの上には、美味しそうとはお世辞にも言えない色の…

「なんだこれは」
「オムライス…おこげチャーハン…風?」
「ネーミングだけは旨そうだな。実物と違って!」
「す…すいません…」

 オムライスらしき、物体だった。



「はぁ~~~~…」
「沢田、いくらなんでも溜息でかすぎ!」
「でかくなりもするっつの。頼むから本の通りにやってくれ!」
「やってるよ!!」

 やってたら食べられるものができんだよ!!という言葉はグッと飲み込む代わりにもう一度溜め息をつく。

 大体ここで言い争ってたら、こいつとダチなんかやってらんねぇ。

 齢18歳にしてこの型破りな担任教師の扱いを会得している慎はそんなことを思った。
 手は慣れた様子で「お世辞にも美味しくは見えない」オムライスを掬って黙々と口に運んでいるが、逆に一向に動こうとしない久美子に片眉をあげて視線で「どうした?」と問う。

「全っ然上達しないな…あたし」
「…まあ、炭焼き風よりは上達したんじゃねぇの?」
「沢田が意地悪い」
「フォロー入れた人間にそれかよ」

 ぷう、とほっぺたを膨らませる姿は、昼間は何かかにかやらかす生徒に鉄拳制裁を食らわせてる担任様とは思えぬ幼さだ。

「いいから食え。食って闘志を燃やせ」

 まずかったら、うまいの作るよう頑張れ。
 励ます言葉が言外になるのは慎ならではだが、何故か久美子にはそれで通じるらしく膨らんでいたほっぺたを今度はにっこりと引き上げて、久美子もスプーンで得体の知れない物体を掬い出す。

「は~…いつになったらうまいって言われるようになるんだろ…」
「本当にな…オレはいつになったらマトモなもんが食えるんだ?」
「うっ。次こそリベンジだ!!」
「オレがワケわかんねぇリベンジされてる気分だ」
「もうっ!やっぱり意地悪いぞ沢田!」
「正・直、なんだよオレは」

 大体「ダチ」として認めてるとはいえ、クソまずい料理を残さず食べている時点で褒めて欲しい。
 しかも、慎の家でこの苦行が繰り返されている理由は彼女の思い人である刑事に、料理上手だと思わせたい一心だというのだからやってられない。

「お前こんなもんあの刑事の前に出した瞬間フラれるぞ」
「ひでぇっ!」
「事実だ」
「沢田と一緒に作ったら失敗しないんだけどな~…」
「…篠原に出す時一緒に作るとか絶対ぇイヤだからな」
「そんなこと言ってねぇもん…」

 好きな人にはちゃんとしたのを食べさせたいんだ!とスプーン片手に豪語する久美子は、眉間に皺を寄せたままモグモグと口を動かす慎に

「なー沢田あ」
「あ?」
「お前彼女とかいたことあるのか?」

 ふと思ったことを聞いたら、ピタリとスプーンが止まって慎がゆっくりと久美子を見る。

「……さあ?」
「さあ?じゃわかんねーだろうが!」
「…ま、何人かは」
「…………」
「何?」
「……負けた……っ!…沢田に負けた…っ!!」
「いや、勝ち負け決めるもんじゃねぇし…」
「お前ー!!いっつも女に興味ないとか言っといてヒキョーだぞ!!」
「わけわかんねーよバカ」

 心底呆れた様子の慎は眼中にないのか、1人も付き合った経験の無い久美子にとっていつの間にか勝手に「彼女がいたことがない」と決め付けていた慎に過去とはいえ特定の相手がいたという事実に物凄いショックを受けていた。
 頭の中は既に「ガーンガーンガーン…」と金ダライを落とされたような擬音が鳴り捲っている。

 「そんなばかな…」とかブツブツ呟き始めた怪しげな態度の久美子に、そこまでショックを受けるものだろうか、と首を傾げたが…未だかつて恋人の一人さえいたことのない久美子にしてみれば、6歳も下の自分に複数名いたことは確かにショックだったのかもしれない。

「どんなお嬢さんだったんだ!?」
「いや…正直、あんま覚えてねぇっつーか…」
「だ、だって付き合ってたんだろ?」
「…まあ。特に好きじゃなかったけどな」
「惚れたから付き合ったんじゃないのかよ!」
「…これまで女好きになったことってねぇし…」
「ええええええええ!?」
「んな驚くようなことかよ…相手だって似たようなもんだ」
「そんな…沢田の顔目当てってことか!?」
「お前結構身も蓋もねぇな…」

 思いがけない慎の、過去の恋愛話に仰天しまくっていた久美子だが、あまりに普通な慎の態度にまたほっぺたを膨らませる。

「そんなんダメだ!…沢田のいいとこいっぱいあるのに、なんで見ようとしないんだ!」
「オレだって顔もうろ覚えだし…お互い様じゃねぇ?」
「だって!あたしの料理の練習だって付き合ってくれるし、まずいとかいいながらちゃんと食べてくれたり…お前優しいってあたし知ってるもん!」

 別に本人はなんとも思ってない過去の事で、言われなければ思い出しもしない位のことなのに真剣になって泣きそうな顔をする久美子に、慎は思わず笑みを浮かべた。

「大事な奴がわかっててくれりゃいいし。当分女はいい」
「で、でも恋愛は人生の醍醐味だぞ!?」
「騒がしい担任のお守りで手一杯ですから」
「恋愛したら…もっと楽しいかもしれないだろ?」

 力説する久美子に、浮かんでた笑みが苦笑いへと変化する。

「…結構過保護なんだよ」
「あ、だよなー!あたしが料理してても手ぇ出しそうだからってキッチンこねーし、仲間になんかあったらどんなちっちゃいモンでも絶対動くしな!」
「具体的に言うな」
「いーじゃん、褒めてんだって♪」
「ま、そういうワケでオレと恋愛する女は大変だと思う」
「なんで?」
「つい過保護しそーだから」
「…でも甘やかしはしないじゃん」
「惚れたらわかんねぇ。惚れたことねぇし」
「…ふーん」

 そんなこんなしてる間に食べた皿を片付けて、いつものようにのんびりと思い思いの時間を過ごして、日付が変わる頃「そろそろ帰るなー」と支度して玄関に立った久美子が何を思ったのかキョロリと大きな目を動かして辺りをみた後、慎を捉える。

「なあ沢田」
「んー?」
「あたしがうまいって言って欲しいの沢田なんだけど」
「…は?」
「篠原さんに食べさせたいなんて、一言も言ってないからなっ!」
「…え…」
「じゃ、また明日っ!」
「ヤンクミ…っ!」

 どういう意味かを問う間もなく、真っ赤な顔をして身を翻した久美子が駆けていく足音を呆然と慎は聞いて。

「言い逃げかよ…」

 ずるり、とその場にしゃがみ込んだ。


Fin

実は久美子→慎でした。
どうも慎ちゃんを不意打ちする久美子さん、というのが好きらしいッス自分。
ヤバーイ楽しいー!!
ちなみにタイトルは花の名前です。
「オドントグロッサム」花言葉は「特別の存在」。
中々毒々しい感じの花です(笑)。