クジャクアスター
<オドントグロッサム 2>
「なあ。オレ喧嘩売られてんの?」
「…いやあ…それはどうだろう…?」
「ヤンクミもそこまで命知らずじゃあ…」

 あの見事な言い逃げ告白劇から一夜明け。
 慎の機嫌は最高潮に悪くなっていた。

 昨日の夜は、久美子に言われた事をそれこそ数分毎に反芻して脱力して、どういう意味なのかを悶々と考えて浅くなった眠りが深くなることは無く、今朝は最悪の目覚めだったと言える。

 考えれば考えるほど分からなくなっていく理由は「告白されていないのにされた気分」になっているという事実。
 決定的な言葉は、発されていないのだ。
 ただそういう意味に取れる、言葉を発しただけ。

 スッキリしない気持ちはそのままに、どうしようもなく確かめたくて学校へは来たものの…言い逃げた本人は朝っぱらから放課後の今までそれはもう見事に慎を避けてくれていた。

 いや、今まで1日くらい隣に居なくても気にしてなかったというか、いつ久美子が自分の傍にいるか等意識していなかったから余計感じるのかもしれないが、よりによって昨日の今日で「避けられている」と感じるほど傍にいないというのは、言われた側からするとやはり。

「避けてるよな?」
「「「「…避けちゃってるねぇ…」」」」


 という結論に達せざるを得ない、のだ。

 普通であれば想いのない相手とはいえ、ここまで避けられると凹むのかもしれないが、それはそれで今まで培ってきた「担任」、「ダチ」としての時間が次の行動を自然に起こさせる位には濃厚な信頼関係を築いていた。

「お前ら先帰ってろ。ちょっと行って来る」
「慎ちゃん合コンは!?」
「パス」
「ばっか南諦めろって。機嫌悪ぃ慎が行っても逃げられるだけじゃん」
「そんなぁ~…」

 よよよ、とわざとらしく泣き崩れるマネをする南には目もくれず出て行く後ろで、他3人のからかう声を聞きながら多分久美子がいるだろう数学準備室へ足を運ぶ。

 ノックもせずに開けた扉の向こうには、一日逃げ切ったと思い込んで油断していた慎の突然の来訪にビキッと固まって目を見開いている久美子の姿があった。

「よぉ、今日は随分とお忙しそうだなセンセー」
「そっ…おっ…おう!そうだ、忙しいから帰れ!」
「バーカ。時間つぶしにマンガ読んでるヤツが忙しいわけあるか」
「げっ…」

 生徒が全員…というより、慎が帰るまで、と思い手に持っていた雑誌を指摘されて思わず後ろ手に隠したが突っ込まれた後では当然意味はない。

「嫌味な男は嫌われるぞ沢田…」
「言い逃げする女程じゃねぇ」

 どっかと久美子と扉の間にある小ぶりなソファに腰を下ろし逃げ道を塞ぎ、大きく溜め息を吐いた。

「逃げるとからしくねぇことすんな。「そういう意味」に取るぞアレ」
「…いいんだよ、「そういう意味」だ」
「やっぱりそうか」
「そうだ…っつっても、言うつもりなかったから今ん所忘れてもらえると嬉しいんだけど」
「じゃあ何で言った?」
「つい口からポロッと…」
「…バカじゃねぇの」
「お前、それが告白した相手にする態度か!?」
「その言葉そっくりお返ししてやるよ」

 2人らしいといえば、らしい会話。
 傍から見たならとても当人の色恋沙汰の話をしているようには見えない。久美子のほんのり赤く染まった頬と、髪に隠れている赤くなった耳を除けば。

 しばらく睨み合った後、2人同時に深く溜め息をついて同じ様に苦笑いを浮かべる。

「あーもう、ホンット失敗した…お前が付き合ったことあるとか言うから…」
「オレの所為かよ」
「そうだよ!女に興味ないとか言って、ちゃっかり手ぇ出してるなんて卑怯じゃんか!」
「手なんか出してねぇよ。出す前に嫌気さして全員別れてる」
「へ…っ」
「…おい、あからさまに嬉しそうな顔すんな」

 慎に指摘されて、にやけそうになっていた顔を両手で隠すと誤魔化すように足をブラブラと揺らして膨れっ面を作り慎を睨むように見ると、呆れたような顔で久美子を見ていた慎がもう一度仕切りなおす為の息を吐いて真面目な顔を見せた。

「正直、現時点ではお前のこと「ダチ」としか見てねぇ」
「…知ってる」
「しかも恋愛事とかはオレの最も苦手とする分野だし、面倒くせぇとしか思ったことないんだけど」
「…それも知ってるし、だから!」
「…けど、だ。聞け、ちゃんと」
「う。はい…」
「お前に言われた事、ちゃんと考える。オレのお前に対する気持ちが育つのかどうか」
「先生と生徒、だぞ?お前の一番嫌いな教師で…あたし…」
「最後まで聞け。一番嫌いな教師を「ダチ」って言える時点でお前は違うんだよ…それはわかるか?」
「…うん」

 そっとソファを立ち上がり傍に立つと、どこか苦しそうに俯く久美子の机に置かれた細い手を取ってふんわりと握りこむ。

「オレに時間をくれ…山口」

 いつも呼ぶ「ヤンクミ」じゃなく、以前呼んでいた名で呼ばれ、教師としての自分が慎にとってまた逆戻りしてしまったのかと心配そうに顔を上げた久美子の目に、静かな…それでもきちんと久美子自身を見ている真面目な慎の顔が映った。

「ヤンクミじゃないお前も、見せてくれ」

 担任の教師が、立場も弁えず恋情を向けたというのに真剣に考えたいと言う慎。
 直接気持ちを言った訳ではないが、ほぼそうとしか取れない言葉を一方的に投げつけた久美子に向き合ってくれるという気持ちだけでもう十分すぎるほど幸せに感じられる。

「惚れるか惚れないかはわかんねぇけど」
「わ…わかんないのかよぅ…」
「だって今、そういう意味で好きじゃねぇし」

 正直な慎の言葉は有難いものだったけど、正直すぎてチクリと久美子の胸が痛む。

「でもお前が傍に居なくなるのは嫌だから」
「……」
「…キョドッて避けられるなんざ、今日だけで懲り懲りだ」
「…ごめん…で、でもあたし…そんな事言われてどうすりゃいいんだよ~…」

 好きになるかもしれないけど、ならないかもしれない。
 気持ちを知られた上で、今よりもっと曖昧な状況のまま慎の傍にいるのは久美子にはきっと辛いとしか思えないのだ。
 それならいっその事ばっさり切り捨ててくれた方が精神衛生上ずっと良いのに。

 出そうになる涙をグッと堪えて喜びきれないこの状況を嘆いた久美子の手は離さないまま、慎はこともなげに「待ってて」と言い放った。

「沢田、マジで意地悪いよ…」
「オレもそう思う」

 クッと笑った顔は、久美子が好きになった沢田慎そのもの。

「言っとくけど、お前が引きとめたんだぞ…」
「承知の上だし」
「絶対お前にぎゃふんって言わせてやるからな!」
「言わねぇよバカ」

 篠原に対する憧れではなく、初めて本当に好きになるという意味を教えてくれた相手からの、意地悪く甘い申し出に、久美子は手を握り返し、まるで喧嘩腰のセリフと共に承諾の意を示した。



Fin

単発読みきりで続かない話だというのにちっとも甘さがない…。
どうも前作もそうでしたが、この久美子さんはうちでは例外的に甘くなってくれません(笑)。
おっかしいなぁ…久美子→慎のはずなんですが…あっ!慎ちゃんが迫らないからか!!
ちなみにタイトルはまたも花の名前です。
「クジャクアスター」花言葉は「飾り気のない人」。