そろそろ好きって言わせてよ
<21>
これからずっと傍に居られると思ったのに。

きっと同じ気持ちだと思ったのに。

なあ、あたしお前が好きなんだよ。



そろそろ好きって言わせてよ
<21>



 沢田の家を出て、実家に戻ってから一ヶ月。

 仕事が始まって、多分しばらく忙しくなるとは聞いていたから、我慢して我慢して一週間後に尋ねて行ったけどいなくて。
 まだ忙しいのか、いつまで忙しいのか目安だけでも教えて欲しくて携帯に掛けたら何度掛けても繋がらずに留守電ばかり。

 日本にずっと居なかった間は、沢田はアフリカで頑張ってるんだから、あたしも頑張らなきゃ!と思っていたのに、帰って来て、少しの間とはいえ一緒に過ごしたあの日々が…あたしをわがままにさせていた。

 答えを見つけろって言ったくせに…答えをあたしが見つけた途端、言わせもしないでまたあたしの前からいなくなるなんてどういうことだよ!

 しかも、我慢できないって言ってた割りに、こんだけ会わなくたって平気なら…ホントは我慢なんかしてないんじゃんか…。

 考えれば考えるほど、会えない時間はあたしの強気な部分をどんどん減らして、弱気な部分だけが膨らんでいって。

 あたしの出した「答え」が、合ってるのかさえ不安になるってわかってんのかよ。

 手帳を開いて、一ヶ月前の一昨日についている印を指でなぞる。

『沢田、祝初出勤!』

 この文字を書いた時はすごく楽しかった。沢田が傍に居て、一緒に話したり笑ったりできることが楽しくて嬉しくて同じ家で過ごしていた10日間、バカみたいにあたしの世界は沢田一色で染まってた。

「何やってんだよ…ばかたれ…」

 きっと前だったら、沢田が帰ってきてることさえ夢だったんじゃないかって思っただろうけど。
 あたしに触れた沢田を肌が覚えてるから、多分一ヶ月会えなくても大丈夫だったんだと思う。

 でもそれもそろそろ限界を迎えていた。

 学校で仕事をしてる時は気が紛れていたのに、ここ一週間くらいは寝ても覚めてもあいつのことが頭を離れない。
 覚えてないけど、夢にも見てるみたいで起きた時にボロボロ泣いててそのまま涙がしばらくとまらないこともあった。

 沢田に会いたい。

 答えが間違ってても、触ってくれなくてもいいから、傍に居てよ沢田。



**********



 夕食を食べて、もう毎日通って目を閉じても着けるくらい覚えちゃった沢田の家に行く。
 最初は心配したテツに止められていたこの行動も、おじいちゃんが何か言ってくれたのか、咎められることはなくなっていた。

 ゆっくり歩いても10分程度で着く道のりを、遅くなればなるほど「もしかしたら会えるかもしれない」という期待を捨てきれずに殊更ゆっくりと歩く。

 数十メートル先にマンションが見えた所で、いつもは人通りが少なく滅多に見かけることのない人影が、あたしの少し先を歩いていることに気付いた。

 さっきまではいなかったから、街の方から曲がってきたのだろうその人はスラリとしたシルエットで…見慣れた、歩調で。

 もしかして。

 早くなる心音を後押しするみたいに、通り掛かった街灯に淡く照らされた後姿は、
見たくても見られなかったもの。
 会いたくて会いたくて、会えなかった人。

 血の巡りが指の先までわかるほど激しくなった心臓を服の上から掴み、早足で近づいていく。
 途中でマンションを見上げるように斜め上を向いた時に見えた横顔に息が止まりそうになった。

 さわだ。

 声にならない3文字を、口が紡ぐ。

 確信を持って駆け寄って、沢田までの距離が数メートルになった時点であたしは履いていた靴を思いっきり沢田の後頭部にブン投げた。

「いっ…!!」
「避けやがって!どーいうつもりだよ!!」
「やんく…」


 
マンションのエントランスの明かりであたしからは良く見える、頭を押さえ涙目で振り向いた沢田の顔に向かって投げたもう片方はあっさりと沢田の手の中に納まる。

「マジで痛ぇってお前…」
「これっくらいで済んで有難ぇと思えバカ!!」

 あたしの心臓はそんなもん目じゃないくらい痛かったんだ!

 言いたいことはいっぱいあるのに、ありすぎて喉に詰まって出てこない。

「…ごめん」

 何も言えずにただ睨みつけるだけのあたしに、静かにそう呟いて沢田が一歩踏み出す。

「…よ、ってくんな…!」
「ごめん、ヤンクミ」

 言葉足らずの沢田はこんな時でも相変わらずだ。
 ぽつり、ぽつりと謝罪の言葉だけを何度も吐きながらゆっくりと…でも、いつもの気だるい歩き方とは違うしっかりとした足取りで近づいてくる。

 なんで謝ってるのか、どのことで謝ってるのかわからなくて逃げ出したいのに、意思に反して足がびくともしない。

「来るなってば…」
「ごめん」

 拒絶の言葉もむなしく、後1歩傍に来ればあたしの拳が飛ぶという所で先手を打たれ長い腕に強く掻き抱かれた。

「ごめんな…」
「触るなぁ…っ!」

 もがいても外れない、拳さえ出せない強さで抱きしめられて、耳で沢田の息を声を、恋しかった甘い香りに全身を包まれて…ずっと我慢していた涙が堰を切ったように零れ落ちる。

「ばっ…ばっかやろ~…」
「ごめん…会いたかった…」
「うそ、つきっ…!」
「嘘じゃねぇ」
「さっ、さけ、て、たっ」
「うん…でも嘘じゃねぇから」

  「嘘じゃない」って繰り返す沢田の言葉よりも、
ぎゅうぎゅう抱きしめたまま震える体とあたしのと同じくらいの早さで動く心臓の音があたしを信じさせてくれた。



**********



 涙腺がショートしちゃったのか、人目も憚らずボロッボロ出続ける涙と嗚咽を止められないあたしを、流石に大江戸から近すぎて誰に見られるかわかったもんじゃないから、と抱えられるように部屋まで連れてこられていた。
 ソファの上で沢田の腕の中に納まったまま「ごめん」と「会いたかった」をいっぱい繰り返されてやっと落ち着いた呼吸で沢田を見上げれば、なんと沢田も涙は出ていないまでもウサギの目になっててギョッとする。

「な、なんでお前まで泣いてんだよ!」
「マジで気ぃ狂うかと思ったくらい会いたかったんだって…」

 溜め息混じりにあたしをぎゅうっと抱き込んで切羽詰った声を出す沢田は、いつもの余裕綽々な様子は鳴りを潜め、痛いくらい必死だった。

「…なあ」
「…ん?」
「答え、わかった?」
「!」

 この期に及んで、まだあたしにそんなこと言わせるのかよ!

 このあたしが。
 会えなかったからって泣いて怒って、抱きしめるのだって許してるのに。

 無性に腹が立って突き飛ばすように腕を突っ張っても、その腕を掴まれ一定距離以上離れようとしない自分こそ言えってもんだ。

「知るかバカ!」
「…ふぅん?」

 それでも懲りないこの男はあろうことか鼻声で吐き捨てたあたしの返答に気のない応答をし、両腕を素早く拘束してズイッと目前に迫る。

 明らかに泣いた後の赤い目の癖に、妙な目力と色気は衰えることなくあたしを硬直させるには十二分な威力を発揮した。

「…あのさ…」
「…なんだよ」
「答え合わせ、していい?」
「……やだよっ!」
「強情っぱり…」

 クッと笑って言われた生意気な感想に返すはずだった声は、柔らかい蓋に吸い込まれて消えた。

 いつの間にか拘束を解かれていた両腕を沢田の頭を抱え込むように回し、拘束していた両腕はあたしの後頭部と腰に回され、ゆっくりとソファの上に押し倒される。

 その間にも唇は忙しなく何度も何度も角度を変えて合わさり、強引に引きずり出された舌と口腔中は嬲られ侵し尽くされて、飲み込みきれない唾液が顎を伝った。

「…はっ…あ…」
「…っふ…」

 舌がジンジン痺れて、首筋を下る唇に、舌に、セーターの裾から潜り込んできた肌を撫でる手の平に、あたしの全部を触れられたくてたまらない。
 焦らすように耳から鎖骨までを何度も何度も甘く噛まれながら往復されて、背中が震える。

「…やんくみ…」
「ぁっ…も、耳…っ」
「耳、イイの…?」

 弱いのを知ってる癖にわざと耳の中に舌を差し込まれぐちゅりぐちゅり、と音を立てながら話されると鼓膜に直接湿った息と艶かしい水音が響き、慣らされた快感にゾクゾクする背筋が自然、反った。

「や、やめっ…ひっ、あぁっ!や、だぁ…っ」
「……はぁ…」
「…ぁっ…」

 ちゅく…と、濡れた微かな音を残して、小さな穴を抜き差し掻き混ぜていた舌が引き抜かれ、首筋に顔を埋めた沢田が何かを耐えるようにゆっくりと長い溜め息を吐く。
 煽られ敏感になった肌はその何の意図もない息にさえ少しの反応を示したけど、しばらくそうやっていた沢田は唐突に勢い良くあたしごと引っ張ってソファに座りなおした。

「…ここまでにしとく」
「……?」
「今日平日だし。明日も、平日だし…ってのもあるけど」
「は?」
「ここから先は、答え合わせしてから手ぇ出す…」

 そしたら遠慮も我慢もしねぇから覚悟しとけ。
 そう言ってニヤリと笑った顔は、まだちょっと赤い目を除けばいつもの顔だったけど。

「んなこと言ったら、絶対しねぇぞ」
「…それまでは、キスだけ…」
「するんじゃねぇか…」

 強気で返したあたしの返事と、わざと責める様に言った突っ込みなんか物ともせず、沢田の厚めで柔らかい唇が笑みの形のまま、まだ生意気しかいえないあたしのそれを深く塞いだ。

 言語とは言えない声と、どちらの唇からとも言えず漏れる水音がところどころに響くのをBGMに、段々と霞がかって来たアタマで思う。

 まだ絶対言ってやらないけど。

 お前が好きだよ、バカ野郎。



NEXT

危うくR指定どころじゃなくなるところでした。
というかこのお手つきモードに入った慎ちゃんはどうしてこう強気になるのか。
ウサギ目のくせに!