「寝れっねぇ~!!」
慎に告白というか、プロポーズというか…そういうものをされてから、1週間。 今日は白金時代の教え子である熊井の結婚式で。
慎は熊井の仲間で親友で幼馴染みであるから、本人に頼み込まれて友人代表のスピーチを渋々引き受けているし、しかも記念にビデオを撮る為に同じ白金の仲間、内山・野田・南も先に会場入りする予定のようで、沢田が代表してあたしを迎えに来ることになっていた。 寝ればあの日のことが夢に出て、ちっともゆっくり寝れない日々を送っていた久美子は、今日も今日とて夢の所為で望まない早起きをしてしまい、気を紛らわすよう早々に支度を終えていたのだが。 慎に会うのは「あの日」以来で…どんな態度を取ったらいいのか分からず大江戸の中を右往左往しながら慎の迎えを待っている姿は、組員達にもかなり異様に映っているらしいのだが、なんとなく誰も突っ込むことが出来ずに影で怪しまれていた。
「くっそ~沢田めぇ…」 「オレがなんだって?」 「うわああああああああ!!」 「…朝から元気だな」
心の準備が整わない内に、つい呟いた文句を本人に拾われてつい叫び声を上げた久美子に苦笑を向けて、いつもとは違いカッチリとした細身のダーク系スーツに身を包み、軽く流すようセットした髪の慎が立っていて。 整った華のある顔立ちの所為か、恐らく他の人間が着ると地味に見えるだろうシンプルなスーツでさえ見惚れる位うまく着こなしていて、別の人物を見ている気分になる。
さっきまで悪態をつく程会うのを躊躇っていたことを忘れて見とれると、見つめられてるのに気付いた慎がにやりと笑い、少し屈んで耳元に囁いた。
「今日のお前、すげぇ可愛い」 「!…!!~~~~っ!!!」 「くっ…真っ赤」 「ばかさわだっ!!」 「ってぇ!」
正に茹蛸並みに赤面した顔で、咄嗟に耳を押さえた逆の手で慎の肩を平手打ちし、華奢なドレスを着てるようにはとても見えない大股で、久美子が表に停めてあ
る慎の車にさっさと乗り込んで「さっさと来い!」視線で怒鳴りつけるようにジトリと睨みつけるのを、慎は痛む肩を摩って笑いながら運転席に乗り込んだ。
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クマの結婚式とささやかな披露宴が終わった後、慎と久美子は3Dの仲間内でやるために予約していた2次会の会場へと向かっていた。 車内では、どっぷり式の余韻に浸っている久美子が、幸せそうに、満足そうに微笑んで教え子の晴れの日を噛み締めている。
「いいお式だったなあ~!」 「…だな」
元生徒達と仲良し担任だった特権で久美子も準備段階からいたわけだが、チャペルで挙式のリハーサルの時点で一人ウルウルと目を潤ませ、本番では案の定とい
うかなんといか…クマが入ってきた時に泣き出し、終わる頃にはかろうじて声は出してなかったもののハンカチを目元にあてたまま目の前で行われている式も見
れない程、延々泣き続けていた…両家の親よりも。
慎としても大事な幼馴染みで親友の結婚式ということで、色々とこみ上げるものもあったのだが、隣で号泣する女の所為ですっかり冷静になってしまったのは、致し方ないことと言えるだろう。
ついた店は、そこまで広くないものの30名足らずの参加者数には丁度いい空間で、店側と相談して「どうせ全員歩き回るだろうから」と立食形式にした。
「なあ、何かすることあるか?」 「んー…特にねぇな。後はあいつらが着くの待つだけだし」 「ってことは、早く着きすぎちゃったな~」 「ま、いいんじゃねぇの遅れるより」 「それもそっか」
立食にしたとはいえ少しは座る場所も必要だから、と壁際の邪魔にならない場所に椅子を並べたり店側とどのタイミングで料理を出すか等を話し合ってる内にそ
れなりに時間も過ぎて、続々と3Dの懐かしいメンバーが全員揃ったところで、友人の手作りだというティアラをつけたあみと、嬉しさと照れですっかり相好を
崩しきった熊井が入ってくる。
「「「「「「おっめでとー!!!」」」」」」
そうして始まった2次会は盛り上がるに盛り上がり、内山が熊井にキスをしようと迫っていたり、変な組体操をしてる奴らがいたり…あちこちで大きな笑いが響いているのに苦笑が漏れつつ、慎は酒を片手に全体を見渡せる位置でのんびりと立っていた。 めでたい席だからか、いつもより飲む量が増えてることに気付くと嫌な予感がして久美子を探す。
「ヤンクミどんだけ飲む気だよっ!」 「それっ!それジョッキじゃなくてピッチャーだって!!」 「めでてぇ席に硬ぇこと言うんじゃねぇ!」 「…予想内すぎる」
可憐な装いで、大口開けて笑い元生徒達の頭をぐしゃぐしゃ撫で回しながら、ジョッキだと5杯以上入るピッチャーから直接飲んでいる姿は、とてもじゃないが惚れている女とは思いたくない姿だ。
「はぁ~…オレなんであんなのがいいんだ…」
溜め息をついてそんなことを呟いても、やっぱり惚れているには違いないんだから不思議なものだと思いつつグラスを空けていると、一通り騒ぎ終わったらしい久美子がニコニコと慎の傍に寄って来る。
「飲んでるかー沢田!」 「つーかお前、飲みすぎ。大丈夫かよ?」 「こんくらい平気だってー」
大江戸でも大量に飲んでいる姿は良く見るが、それにしてもこんなには飲んでいなかったんじゃないか?と久美子が空けたピッチャーが5杯並んでいるのを見て、甘えるように寄りかかってくる久美子を見やった。
「疲れたか?」 「あー…まあな。こういうの普段やんねぇし」 「2次会幹事とか、沢田が引き受けるようになるとはなあ!」 「クマの結婚式だからな」
他の人なら引き受けないが。 というか、本当なら引き受ける気もあまりなかったのだが、幹事が久美子と2人だと聞いて引き受けたのは黙っておくことにする。
「幸せそうだなあ…嬉しいなー沢田!」 「お前が一番浮かれてるんじゃねぇの」 「そりゃ、可愛い教え子が幸せ掴んだってぇなら…こんな嬉しいことねぇじゃん!」 「にしても、やっぱ飲みすぎ。潰れんなよ?」 「へーきだよーだ」
空けたグラスの代わりのビールを持ってきてまた久美子の傍に戻り飲んでいると、さっきと打って変わって静かになった久美子が酒に潤んだ目で慎をジッと見つめていた。
「ん?」
どうした?と問いかけようとした言葉は、音になることはなく。
ちゅ。という音と一緒に、知り合ってからの数年の中で一番近寄っていた久美子の顔が離れていった。
「あ」 「…え?」
気付いた時には、遅かった。 2人共自分の口元に手を当てて、目を丸くしてお互いを見ている。
キスを。
したのは、久美子。 されたのは、慎。
「普通…逆だろ、男と女」
呆然と呟いたのも、慎だった。
した側の久美子といえば、口元に手を当てる姿勢のままでまだ呆然としている。
「おい」 「ぐぉっ、ごめんっ!ついはずみで…っ!」
声を掛けられたことで我に返った久美子が、一瞬で赤面して謝ってきたものだから、慎の溜め息は深くなるばかりで。
どう考えても、先日自分が告白したことを忘れているとしか思えない。
「…ありえねぇ」 「ごめんって!酒とめでてぇ席の勢いだ、みっみ…水に流せ!!」
不意打ちでキスをされて、しかも水に流せと、ものの弾みだと断言されしゃがみ込む慎に、何故か強気な態度でごめんといい続けていた久美子は真っ赤な顔のまま、騒ぐ元生徒の中へと逃げ込んでいった。
幸い今の衝撃的な出来事を目撃した人はいなかったようだが、本人が覚えている以上なかったことには出来ない。
「ヤンクミ~顔チョー赤ぇーよ!」 「うるせぇっ!酒入ってんだから当たり前だろ!」
見られていないとわかっていても、先程の事で赤くなっているのは自覚していたから返す言葉も自然力が入ってしまって、それを誤魔化すためにまたビールを煽る。
さっきは、本当に「魔が差した」としか言えなかった。
告白されたことも結婚式のなんやかんやで頭に無かったし、大江戸や部屋で一緒に飲んでも顔色さえ変えない慎が、空間の熱気にも当てられていたのだろうけど
も、披露宴まではキッチリと締められていたネクタイを緩めて、珍しく頬が少し上気して酔っている風だったのを見ていたら…本当に、本当になんとなくあの厚
めで形のいい唇にキスをしたくなってしまって。
「だからってなにやってんだあたしはー!もー!!」 「うわっヤンクミどうした!?」 「うるっさーい!酒持って来い!!」
自分より生徒が先に結婚したからってヤケ酒すんなよ~と突っ込まれながら、持ってこさせた新しいピッチャーを抱える。
したかったからした、なんて。慎に言われるまでもなく「ありえねぇ」。
己の仕出かした事の恥ずかしさに慎の方を見ることもできず、久美子はただひたすらビールを喉に流し込んだ。
NEXT
前後編で終わりませんでした。おやあ…? 何も言えません。言ったら墓穴を掘りそうな気がする…。
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