何かあった時に一番最初に浮かぶあいつの顔。 傍にいてもいなくても、ずっとそれは変わらなかった。
どんなに関係が変わって行っても、きっとそれは変わらない。
そろそろ好きって言わせてよ <14>
カチャリ。 木目が浮かぶカントリー調のテーブルに、コーヒーが二つ置かれる。 連れてこられた喫茶店は、店員さんはそれほど愛想が良くないけど、落ち着いた感じでそれなりに常連客がいそうな店だった。
出されたコーヒーを飲むと意外な程美味しくて。近場だから今度沢田と来てもいいな、と見合い相手と二人のこんな時でさえ一緒に出かける相手が一人しか思い浮かばないのが少し笑える。
万条目もコーヒーを口に運んで、こちらへ視線を向けニタリとまた気味の悪い笑みを浮かべた。
初対面の相手にあまり余計な偏見を持つのは好きじゃないけど、こいつと見合いを…ましてや結婚なんか到底無理だと心底思う。
既に10分も耐えられなさそうだし…。
溜息をつきそうになった所で、万条目が同じ表情のまま話を切り出してきた。
「久美子さん…突然会いに来てすみませんでした」 「はぁ…えっと、それでお話っていうのは?」 「見合いの前にどうしても伝えたいことがありまして」
そんなの見合いの席だっていいじゃないか!と席を立ちそうになる気持ちを抑えて先を促す。
「実はお恥ずかしながら、先日いただいた久美子さんのお写真を拝見して…年甲斐も無く一目惚れしてしまったんです」 「はぁ…あ?はああっ!?…あ、いえ、すみません」
どんだけ突拍子もないこと言い出すんだこの人! 写真見て一目惚れとか、芸能人じゃあるまいし…じゃなくても、自分で言うのも悲しいが沢田くらい綺麗な顔だったら納得だけど、思いっきり十把一絡げのあたしに一目惚れとか信憑性がなさすぎるよ!
あまりにも驚きすぎて、こぼしそうになったコーヒーを急いで空にしてから一息つく。
「いいんです。それで、私が真剣だということをお伝えしたかったんです」 「いや、え~っと…どうも…」
ハッキリ言ってなんて答えていいもんかわからなくて、言葉を濁すしかない。 既におじいちゃんにお見合いを受ける話をしちゃってたから、今更撤回できないのは重々承知で、こんな話をされたら余計に断りにくいけど断りたくて仕方ない。
「じゃあ、飲み終わったことですしお送りします」 「え、お話って…」 「私が久美子さんを愛しているということだけです」
他の人に言われたら赤面しそうな言葉なのに、発する言葉と雰囲気にギャップがありすぎて苦笑いしか浮かべられなかった。
「…一人で帰れますので…」 「いえ、大事な久美子さんを一人歩きはさせられませんよ」
ここで断ったら、後をつけてきそうだし…そうなると沢田に迷惑が掛かるかもしれない、と思って渋々大江戸まで車で送ってもらい、車が見えなくなってからそのまま大江戸へは入らずに沢田のマンションへと向かう。
「一体なんだったんだよ…」
最後、車を降りた時に「では、また後ほど…」と言った万条目に、次に会うのは「後ほど」じゃなくて「今度」だろうと思ったけど、去り際ウィンドウを閉める時に一瞬見えた何か裏のありそうな…えらくいやらしい笑みに嫌な気分が拭えなかった。
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ほんの30分足らずの間にドッと疲れが倍増したのを感じつつ玄関を開けると、Tシャツにジーパンという服装にシンプルな黒のエプロンをつけた沢田が今日届いたらしい食卓に食器を並べていた。
うーん…何やっても絵になる奴。
「ただいまぁ~…」 「おかえり、メシ出来てるけど風呂とどっち先にする?」 「どっちも!」 「無理だろ」
ククッと笑ってあたしの首元からマフラーをクルリと外し、脱いだコートもハンガーに掛けてくれる。 今までは普通にされてたけど、これってよくよく考えたら
「なんだか新婚さんみたいだな!」 「は?」 「ご飯にする?お風呂にする?ってヤツ。定番だろっ?」 「…確かに定番だな。で、どっち?」 「ご飯!」
了解、と頭をぽんぽん撫でて沢田はキッチンに戻り準備を始めた。 その間にあたしは部屋で楽な格好に着替えて、リビングへ戻ると美味しそうな湯気を立てたオムライスがテーブルに二つ並んでるのを見て思わずお腹が鳴る。
「テーブル届いたんだな」 「ソファとテレビとか…注文してたのは大体揃った。ほら座れヤンクミ」 「はーい。沢田も座れ!」 「ん」
いただきます!と手を合わせて綺麗な形のオムライスをスプーンで崩し、口に入れると実家では滅多に…いやほとんどお目にかかることも無いおいしさが口に広がった。
「おいっしぃ~!」 「そりゃよかった」 「実家に居るとこういうの全然食べらんないからなあ~外で食べてもいいんだけど、こうやって家で食べるのがやっぱ一番おいしいよ」 「…すっかり自分の家だな」
ここオレん家なんだけど、続ける沢田に「堅いこと言うんじゃねぇよ!」と反論して、何気なく見たスプーンを咥える沢田の口元に、いきなり昨日のキスを思い出して体がピキーンと固まったあたしに、怪訝そうな顔で沢田が聞いてくる。
「おい…どうした?」 「な、なんでもないっ!」 「…やっぱ体調悪い?」 「なんでも…そういうこと聞くな!!」
沢田の言葉に余計な昼間の電話まで思い出し、誤魔化そうとした頬の赤みが更に真っ赤になった気がしたら、案の定勘付きやがった沢田がプッと吹き出して伸ばした手であたしの頭をぽふんと撫でた。
「からかってる訳じゃねぇんだから…心配なんだよ、お前初めてだったし」 「~~~~~~っ!!」
そんなことでからかうようなヤツじゃないってのは、わかってるけど。 心配してくれてんだろうなってのは、雰囲気でわかるんだけど。 せめてご飯は落ち着いて食べさせて欲しい…あ。あたしが思い出したのが原因か。
居た堪れなくて、半分ほど残ってるオムライスを急いで胃に収め席を立とうとして…今日、万条目と会った事を不意に思い出した。
沢田に言った方がいいのかな…?
でも、こいつの事だから待ち伏せされたとか言ったら自分の用事後回しにしてあたしを送ったりしちゃいそうだし…なんか変なこと言われただけで特に何されたわけでもないから、言わないでおくかあ。 あの男のいやな笑い顔まで思い出されてつい溜息をついたら、いつの間にか同じく食べ終わってた沢田がじっとこちらを見て額に大きな手の平を当てられる。
「わぁっ!?」 「そんな慌てなくても、昨日の今日で取って喰ったりしねぇよ」
ぼわっと赤くなる顔は抑えられず、「熱はねぇみたいだな」と笑ってあたしの分の食器まで片付けてくれる後姿を睨みつけるしか出来ない。
「ヤンクミ、風呂入んねぇの?」 「…入るよっ!」
あたしの方が年上なのに、なんでこんな沢田の方が余裕綽々なんだ! 初めてなんだからもうちょっとこう、相手に対する照れとかあったって…あれ。
もしかして沢田って、初めてじゃないのか?
それまで思いも付かなかった事に行き当たって、お風呂の用意をしてた手が止まった。
知り合ってからこれまで女の影どころか興味さえなかったみたいだし、本人もそう言ってたけど…あたしが沢田の担任になったのは、高校3年生の時でそれ以前はどうだったのか全く知らない。
聞いたこともなかったし、聞くってこと自体思いつかなかった。
でも、比べる対象はないけどなんか上手だった気がするし、あんだけ良い男でモテて性格もいいヤツなんだから、それこそ経験豊富だって不思議じゃ…。
「関係ない!!」
何故か段々早まってきた鼓動に、考えちゃいけないと言われてる気がして無理矢理思考を中断する。
今日は早くお風呂に入って寝よう。 きっと明日になればこの変な動悸も治まってるし、おかしな考えもしなくなる。
妙な疲れ方をしてる日だ…とバスタオルや着替えを持ってバスルームに向かう途中、キッチンに居た沢田にグイッと腕を引かれて「あっ」と思った時には唇に柔らかい感触と小さくチュッという音が聞こえて、いたずらっぽい顔の沢田が呆然とするあたしを見下ろしていた。
「ゆっくりあったまっておいで」 「…うん」
なにすんだー!とか言うタイミングも上手く外されて、お風呂に入ったはいいものの。 湯船に浸かる頃には緩やかに音を早める心臓の音がやけに大きく響きだすのを両手でバシャバシャ水音を立てて誤魔化す。
沢田ってあんな奴だったっけ?
不意打ちでちゅーとかしてきたり、しかもそれが普通ですーみたいな甘ったるい顔したりとか…今までもちゃんと沢田のテリトリーに入れてくれてるのはわかってたけど、なんか昨日今日と前よりずっと…テリトリーの更に内側に入れてくれてる気がする。
今だったら、どこまで近づいても拒まれなさそうなのはすーっごく嬉しいんだけど、あの甘々顔はかなり心臓に悪いぞ沢田ー!!
まさか本人に言えるはずもないから心の中で叫びながら、あたしはブクブクと湯船の中に潜水した。
NEXT
後半から一気にまた進まなくなりましたが、ここ2回程慎久美がなかったことであたしが痺れを切らした為で、ちょっと甘めな慎久美書いて自己満足しました(だめじゃん)。 でもまあ話的に重要になるのは次回からなので(要するにアレです。うちの慎ちゃんが張り切るシーンです)、箸休めってことで…^^;
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