執着するものなんて何も無かった。
高校を出て、それまでと全く違う価値観の世界に行って。 何も考えずにひたすら前に進もうと足掻いていたけど。
ふと立ち止まった時に思い出すのは全て高校時代の事で。 帰りたいと考える時、いつもあいつの顔を思い出していたことにやっと気付いた。
そろそろ好きって言わせてよ <16>
まさか連日、「こういうこと」になるとは思ってなかったんだけど。 目が覚めた時にくうくうと小さな寝息を立てて腕の中で丸まる暖かい存在と、気だるい下半身が、昨日の出来事が夢ではないことを物語っていた。
万条目に盛られた薬が原因だったとはいえ…中和剤が効くまで、では当然納まらずに相当こいつに無理を強いた気がする。
といっても、いつ薬が抜けたかわからない程、煽り続けた体の熱に翻弄されるヤンクミは結構スゴカッタ。
「…ま、これっきりだしな」
呟いて、夕べシーツに踊り狂った黒髪をサラリと梳く。
昨日みたいに苦しむヤンクミを見るのは、もうたくさんだ。
「んう~……しゃわら…?」
行き来する指の感触がくすぐったかったのか、目は閉じたまま寝ぼけた声で名前を呼んで、首筋にスリスリと擦り寄ってくる。 自然、胸板のあたりにあまり大きくは無いが柔らかな胸がふにゅりと押し付けられ、動いた拍子にずり下がった掛け布団から赤い鬱血の痕が散らばった白い肌が露になった。
「…いい眺め」
なんとも無防備極まりない。
黒いシーツに白い肌、そこに散らばる自分の痕…なんとも朝から官能的で刺激的なそれに誘われるに任せて首筋に唇を落として少し体をずらし胸をゆっくりと揉み込む。
「…ぁ…んん…っ」
鼻に掛かった甘ったるい吐息を吐いて身を捩じらせ、同じく何も身に着けていない素足の滑らかな感覚が、オレの足に絡み付いてきた。
後始末だけ終えて、泥のように眠る位ヤリまくったっつーのに…。
昔からそうだけど、甘やかすにしても何にしてもこいつに関してだとオレには限度というものがないのか? どれだけ甘やかしても足りないし、どれだけ抱いても足りないなんて、摂取する必要がない分やばいクスリよりもタチ悪ぃよな。
声で起こさないよう喉で笑って、胸を揉みしだいていた手を絡み付いている足の間に伸ばし、太ももの内側をそろりと撫で上げたら、それまでただ柔らかだった感触がピクリと体を僅かに反らせるのと同時に、しなやかな筋肉の感触がわずかに浮き上がった。
「ん、ふ…っ」
はぁ…っ、と艶かしい音を出す唇は半開きで、ちらちらと中に見え隠れする赤い舌の甘さを味わおうと首筋に往復させていた唇を重ねて無防備な舌の側面をザラリと擦る。 すると、それまで閉じられていた目がパッチリと開き、何度かパチパチ瞬きした後やっと状況を理解してにわかに暴れだした。
「ん、んんーぅっ…ぷはっ!な…っにしてんだよっ!」 「何って…ナニ」 「はあっ!?」 「起きたら密着されてたもんで、その気になってんだけど?」 「バカ言って…ぅあ…っ、や、や…っ」
離れようとした体をくるりと反転させて組み伏せ、内腿に置いてる手の指先を昨日散々弄って舐めて突き上げた体の内側に入る場所の際どいギリギリの場所を幾度か強めに押す。
「ん?…やだ?」 「や…っめんかあー!!」 「いってえ!」
余韻がまだ僅かに残っていたのか、触れる場所がキュッと締まるのを指先で感じた次の瞬間、油断して押さえもしていなかったヤンクミの細い腕から鉄拳制裁を下された。
「あ、あ、朝っぱらから何盛ってやがるっ!!」 「…お前寝てる時の方が色気ある」 「何ぃ!?」 「起きたらなんで途端に色気が吹っ飛ぶんだよ…」
お陰で面白いほど綺麗に、邪な気持ちまで一緒に吹っ飛んだっつーの。
思いっきりではないが殴られた後頭部を摩って真っ赤になったヤンクミを不満も隠さず見やる。
「おま、お前いつからそんなエロ親父になったんだよ!」 「健康な男の欲求だと思いますセンセー」 「でも高校時代は今ほど…あっ!ずっとムッツリだったのか!?」 「…前も今もムッツリじゃねぇだろ。正々堂々エロいんだよオレは」 「正々堂々…って…」 「ところで超いい眺めなんだけど、美味しくいただいてイイデスカ?」 「わあああああああ!!!」
ヤンクミに覆いかぶさったままでいつもはしないニッコリ笑顔で問いかけると、お互いが一糸纏わぬ裸体というのに思い至ったようで、光速並みのスピードですり抜けて布団に潜り込んだ。
「きっ着ろよ服を!」 「これでくっついてんの気持ち良かったし」
そういう事を言うな!!と喚いているのを横目に、昨日脱ぎ散らかしたベッド下の服を取って下だけ履くと、ヤンクミの分もポイポイとこんもり山になったベッドの上に投げる。
「つーか体平気か?」 「…っ!だからそういうことを…!」 「違くて…中和剤飲んだとはいえ薬には違いないだろ?」 「あぁ…それなら平気だぞ。妙な感じもしないし」
プラプラ腕を振ったりして動き具合を確かめるのを見ると、確かにどこかおかしいような感じもなく平気そうだ。 確実に…というわけではないが一応安心してキッチンで朝食の準備をする。
一通り出勤の準備をしてリビングに来たヤンクミは、元気に朝食を…オレにしたらかなり大量に平らげて、何が楽しいのか朝の情報番組を見ながらケタケタ笑っていた。
「沢田ー今日沢田何すんだ?」 「細かい日用品の買出しと…会社に出す書類届ける位だな」 「ふぅん…」 「どうした?」 「ん…」 「…送り迎えはしますよ、お嬢」 「!」
薬以外の直接の被害もなく、仕組んだ万条目本人も大江戸の手の内になったとはいえ、不安はそう簡単に拭えるもんじゃない。 だけどこいつは甘ったれのくせに変な所で意地を張って平気なフリをするから…これでも、在学中から散々何かあったら絶対に言え、と口をすっぱくして言っていた事がちゃんとヤンクミの中で生きていることに安心した。
「残業なっても迎えに行くから、オレがそっち着くまで外出るなよ?」 「うん」
素直にコクリと頷いた事を褒めるように頭を撫でて、オレも外に出る準備をして、少し早めに一緒に家を出た。
その日は何事も…大江戸から連絡も無く、迎えに行った時も満面の笑顔で校舎から一目散に駆けてくるヤンクミの姿に、学校での時間も平和だったことを読み取って。 穏やかなまま、本来あるべき姿で過ぎた。
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「慎の字、こっちだ」 「お邪魔します」
翌日、ヤンクミを黒銀まで送り届けて会社に寄った後、電話でテツさんに呼ばれ向かった大江戸は一昨日訪れた時のようなピリピリとした緊張感はなく、いつもの任侠屋敷とは程遠いのんびりとした風情に戻っていた。
「何遍も足ぃ運ばして悪ぃなあ、慎の字」 「いえ、今回のは…オレが油断した所為だと思ってますから」 「…お前ぇさんも苦労性だねぇ…」
通された三代目の部屋で、ミノルさんが運んで来てくれた緑茶を片手に、三代目が苦笑いを浮かべる。 苦労性。そうかもしれない。 ただ…
「相手は限定されますけどね」
薄く笑いながら言ったオレに満足げに頷いた後、湯飲みを盆の上に戻して「黒田龍一郎」の目になった三代目がまっすぐにオレを見つめた。
「さぁて、万条目のことぉだがな」 「はい」 「先に結論からぁ言うと、ちょいと早ぇが…あちらさんにはこの世界から足ぃ洗って貰った」 「組は無くなった、ということですか」 「そういうこった。元々ぉ天海ってぇ後ろ盾があったから、好き勝手できてたぁ部分が大きいからよぉ」 「『お礼』をしたい人はたくさんいるみたいですからね」 「…ま、後のこたぁウチじゃ関知しねぇことにした。クスリの出所も分かって久美子も無事なのがわかったしなぁ」
生かすも殺すも、他所の誰かさんに任すさ。 ニッと実際の年齢よりも若々しい笑みを引いた三代目の言葉に、ヤンクミが盛られた薬がヤバイものではないとわかって安心した。 以前聞いた話だけでもかなりな人数に恨みを持たれているヤツだ。 予想通り叩けばもっと出るだろうし、万条目の後ろ盾が無くなったことは大江戸が大々的に知らせたようだから、いずれ全員とはいかないまでも大多数の被害者が耳にするだろう。
そこからヤツが罪を償うか、ただ逃げるか…そして、散々踏みつけてきた相手に「生かされる」か「殺される」かは、こちらのあずかり知らぬところ。
正直、ヤンクミに苦しい思いをさせた野郎が生きているってだけで腸が煮えくり返りそうだが、ここでオレが出て行っても、何の解決にもならない…のはわかっているけど、1発…いや20発くらいは殴りてぇ。 ある意味やり場のなくなってしまった内面に渦巻く憤りで、思わず出そうになる溜め息を抑えた。
「で、うちのじゃじゃ馬の様子はどうでい?」 「体調も特に問題ないようです。うなされてもないようなので…大丈夫だと思います」 「そうかい…お前ぇさんが生徒さんだった頃からぁ、久美子の事ぁお前ぇさんに任すのが一番だからなあ…」 「惚れた女のことですから」
逸らさずに三代目の目を真っ直ぐ見返してそう言うと、一瞬目を見開いた後それまで見たことのない嬉しそうな「普通の祖父」の顔で、「そうかい」と呟いた。 言葉にしても、肌を合わせた時の様にしっくりと馴染むのを感じ、やっとあいつに惚れてるという実感が沸く。 恐らくオレが、オレ達が自覚せずに過ごしていた時も、目の前のこの人は何も言わなかったけれど、2人の間でいつの間にか重なっていた気持ちに気付いていただろうから。 あいつが大事にして、あいつを大事にしている唯一の肉親のこの人にだけは言っておきたかった。
「腹を括りました…というより、とっくに括ってたみたいです」 「そいつぁ、めでてぇこった」 「本人にまだ了承を取ってませんけどね」 「嬉しいねぇ…久々のでっけぇ祝い事にならぁ」
ヤンクミ本人にまだ言ってないのに、既に祝い事と決め付けている三代目に笑いが漏れる。
「首尾よくいけば、2人で改めて挨拶に来させてもらいます」 「おう。ひ孫の報告でもいいぜぇ?」 「…それは流石に気が早いですよ」 「何言ってんでぇ。お前ぇさん達がぁ付き合って…3年離れたたぁ言え4年だるぉ?」 「…え?」
話が噛み合わない。 というより、もしかして…。
「どうしたぃ?慎の字」 「三代目…あの…オレ達まだ付き合ってないんですが…」 「…なんだってぇ?」 「付き合ってないんです」
オレの言葉でやっと話の食い違いに気付いた三代目が、目を真ん丸に見開いて固まり、口に含んでいた緑茶で噎せた。
「…っ!ゲホッゴホゲホッ!」 「さ、三代目…!」 「いやっ…ゲホッ、で、でぇじょうぶだ…するってぇとお前ぇさん達…今の今まで好いた惚れたは全くねぇってことかい?」 「…まあ」
まだぱちくりと信じられないものを見るような視線を受けながら、先程万条目の話をしていた時とはあまりにも違うその姿に、こんなに驚く「黒田龍一郎」を見るのは大変貴重なことかもしれない、と思いつつそこは曖昧に流す。
流石に、告る前に何度も抱いてるとは言えねぇ。
「オレぁてっきり…結婚の報告に来るもんだとばかり…いや、まいったなこりゃぁ」
仲間達に「付き合ってるんじゃないのか」と聞かれることは在学中多々あったが、あの頃オレ達の間でここ数日のような関係を持ったことはなかったし、お互い「親友」だと思っていたから持つつもりも無かったのだけど。
まさか、三代目まで勘違いしているとは思わなかった。
「久美子だけならまだしも、慎の字まで自覚がなかったたぁなぁ~」 「…自分でも、何故気付かなかったのか不思議です」 「ハハハハハ!!」
大きな口を開けて笑う三代目は、それはもう楽しそうに言うが、オレは当時の深層心理を暴かれたような気分で気恥ずかしいったらない。
「お前ぇさんより先に、あのじゃじゃ馬が気付くたぁ思えねぇからなぁ」 「そうですね」 「言うねぇ」 「気付かなきゃ気付かせるまでですよ」 「お前ぇさんにしたら随分強気だな」 「本来なら、持久戦でゆっくり待ってやりたいんですけどね」
焦ってはいないけど、気付いた上にあの体の甘さを知ってしまった今となっては、ないとは分かってても他の男が付け入る隙間を空けたまま待てる余裕なんかないから。
それなら、手に入れるしかないじゃねぇか。
余裕が無い、なんて。 人に知られるのはあまり好きではないけど、この目の前にいる人物には今のオレの余裕の無さも全て、ヤンクミを欲しいと思う気持ちの強さの証拠として、知って欲しかった。
「泣かさないとはいいませんが、後悔はさせません」 「…いい目ぇしやがって。嫁にやっちまう気分になっちまわぁ」 「近い将来ですね」 「まだ遠くてもいいぜぇ?」 「「でっけぇ祝い事」じゃないんですか?」
男親たぁ複雑怪奇なのよぉ。 煙管をふかして喉の奥でクククと笑う三代目は、やっぱりどこか楽しそうな空気を纏ってプカリと丸い煙を吐き出した。
NEXT
慎ちゃんと三代目のコンビが大好きです。 あえて主語を抜いて話す所とか(いや故意にそうさせてんですが)。 でも今回はそのお陰で「そろ好き12」の時から、三代目が勘違いしちゃってたというオチをつけてみました(笑)。 そして慎ちゃん完全自覚。(やっとだ…) 次回はまた久美子さん視点となります。 |
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