そろそろ好きって言わせてよ
<17>
いつもどこか諦めてた。

先生になって、家業とはまったく別の世界に飛び込んで。
夢を叶えてひたすら前に進んでいたけど。

ふと立ち止まった時に思い出すのは全て最初の生徒の事で。
疲れたなあと思う時、いつもあいつが傍に居ないことがただ寂しかった。



そろそろ好きって言わせてよ
<17>



 珍しく昨日に引き続いて生徒達が問題を起こさなかったから教頭の説教を聞くこともなく、一日は平和に終わった。
 戸締り当番だった今日は学校を見回る前に沢田に『これから戸締りする』とメールを送って、あいつが到着する時間に合うようにのんびりと校舎を歩く。

 別校舎だから最後に回していた3Dに入ると、SHRが終わって結構経つのに暇らしい中心メンバー5人が教室でくつろいでいた。

「なんだお前ら、まだ帰ってなかったのか?」
「おっせーよ山口ぃ!」
「待ちくたびれたにゃ!」
「あぁ?」

 行儀悪く腰掛けていた机から、ぶうたれながら矢吹がピョンと飛び降りる。
 それにあわせて4人もダラダラと動き始め、全く列になってない机と椅子をあたしと一緒に一応形になるまで並べて鍵を掛けるために外に出る。

「あたしのこと待ってたのか?」
「ぶぇっつにー?暇だしー山口はカレシもいなくて寂しいだろうから」
「遊んであげよーってことになったの」
「生憎だけどあたし今日遊べないぞ」
「「「「えー!?」」」」
「…なんで」
「なんでって…迎えが来るし」

 そりゃあ、結構こいつらが放課後遊びに行く時は勝手に混ざったりしてたけど。

 …普段のあたしって、そんなに暇そうに見えるのか?

 声を張り上げてギャアギャア騒ぐ奴らより一歩近づいて、小田切が静かに聞いてくるから正直に答えると、一転ムッと顔を不機嫌に歪ませた矢吹が低い声で詰め寄ってきた。

「またあのサワダとかいう野郎かよ?」
「年功序列だ、敬語使え!」
「しらねーよ。断ればいいじゃん!」
「約束してんだからダメだ。頼んだのあたしだしな」

 断れ、断れ、とまとわりついてくる矢吹を「だから帰ってろ」と追い払い、帰り支度をする為に職員室へ向かおうとするも、ぞろぞろと後をついて来てまだ諦め悪く騒いでいる。

「なんでそんなん頼むんだよ!」
「そーだよ、オレ達が送ってやるって」
「…どうせ行った事あるんだし」
「それともどっか行くワケ?」
「つーか一緒に行っちゃえばいいにゃ!」
「「「「それだ!」」」」
「ダーメーだっ!別にどっか行くワケじゃねぇし、お前ら遠回りになるだろーが」

 ただでさえ近頃気ぃ張ってばっかで疲れてるってのに、こいつらが来たらまた余計な疲れが増えそうだし。
 折角やっと昨日から沢田と二人でのんびり過ごせるようになったんだから極力今は2人だけで一緒にいたい。

 3年いなかった分、話すことだって聞くことだって盛りだくさんなのだ。

 帰ってきたし、仕事も決まってるとはいえ…毎日学校に来ればいるこいつら生徒と違って、沢田は離れているとなんだかまたいつかどこかに行ってしまいそうな気がして。
 漠然とした不安に駆られて、離れている時間が怖い。

「とにかくお前らは帰りなさいっ!また今度遊んでやるから!」

 ピシャン!と職員室のドアでうるささを遮断し、あいつらが諦めて遠ざかるのを確かめてから、着替えて沢田が待つ校門へと駆け寄る。

「さっわだー…ッゲェ!」
「てめぇ山口!なんだよその反応は!!」
「オレ達も送っちゃいますにゃ☆」
「送り狼が出たら大変だしー?」
「バカタレ!街中に狼が出るわけねぇ…って、なんでお前らがいるんだ!帰れっていっただろーが!!」

 校門で立っていた沢田の周りには、先程追い返したはずの黒銀ワルガキ5人組が揃ってピースサインを出していた。
 絡まれてたのだろう沢田は、特に気に留める様子も怒ってる様子もなくこっちを見ている。

「沢田も!追い返せよここはっ!」
「…めんどくせぇ」
「もーーーーー!!!」

 世話焼きだから忘れてたけど、こいつ極度のめんどくさがりだった!

 前髪をかき上げて溜め息混じりに言う沢田は、5人が騒いでも本気でどうでもいいらしい。
 …そういえば白金に居た時も4人がどれだけ騒ごうと寝てやがったっけ。

「あたしは沢田がいれば大丈夫だから、ホント大人しく帰れ」
「…なんでサワダさんは良くて、オレ達はダメなわけ?」
「生徒なんだから当たり前だろ!」
「サワダさんだって元だけど生徒じゃん!なんでわざわざ頼んでんだよ!」
「沢田はいいんだよっ!どうせ帰るトコ一緒だし、疲れてる原因はこい…」
「おい、余計なこと言ってねぇで帰るぞ」

 やけにしつこく絡んでくる小田切と矢吹に捲くし立ててる途中で、しびれを切らしたらしい沢田に腕を引かれて歩き出すと…当然のように5人もゾロゾロついてくる。

 仕方が無いから放っとくことにして沢田と並んで歩いていたら、それまで文句はありそうな顔だったけど黙ってついてきてた小田切が、不意に前に回りこんできた。

「…さっきのどういう意味ッスか」
「……名乗りもしねぇガキに話すことはねぇよ」
「小田切竜です。さっきのどういう意味ッスか」
「おい、小田切?」
「山口は黙ってろ」

 この前と今日としか会ってないのに、いつそんなに気に食わないことができたんだよ!と聞きたくなる程鋭い目つきで睨みつける小田切に対して、睨まれてる立場の沢田は軽く溜め息をついてただ見返している。

「どういう意味って言って欲しい?」
「…ハァ?」
「多分お前が望まない意味だと思うけどな」

 妖艶とも言える、あの独特の笑顔で言い返した沢田に、小田切は言葉を失って…次に顔色を失った。

 おいおい…後輩ビビらせんなよ…。

「言った意味わかるんなら、大人しくどいとけ」
「あんた…」
「お前らには無理。ほらヤンクミ」
「…何話してんださっきから?」
「お前が芸術的に鈍くて有難ぇってハナシ」
「なにぃー!!?」
「いてぇ」

 さっさと歩き出した沢田に尋ねると、なんとも腹立たしい返答が返って来て思わず背中をバチン!と叩く。
 今の会話で何がどうなったのかわかんないけど、あいつらはついて来るのを諦めたみたいだし…結果オーライ…なのか?
 しばらく歩いて周りにあたし達しかいないことを確かめ、授業中も気になってた話を切り出した。

「実家、行った?」
「行った」
「……」
「聞きてぇなら話すし、聞きたくねぇなら言わねーけど」
「全然、大丈夫だ。聞くよ」

 あんな簡単に罠に引っ掛かったのは本当に心底不本意で、あの世界にずっと居た身としては不甲斐ない事この上ないが、聞かなければずっと自分の中にこの嫌な気持ちが巣食うのはわかってたから…極力気にしてない風を装い先を促した。

「…ん」
「…ありがと」

 でも、掬われる様に手を取られ、繋がれ絡んだ指から沢田にはそんな強がりなんか無駄なんだなーというのが分かって…素直に寄り掛かる。

「あの薬自体は、問題ねぇって」
「そっか」
「で、店で…万条目が金で店員買い取って盛らせたらしい。あそこってお前ん所のシマだろ?その件も含めて、野郎の処分決まったって」
「…うん」

 淡々と話される内容を聞いても、自分でも不思議なくらい全く平気だった。

 もし今沢田が帰国してなくて、同じ事があって同じ様にあたしが無事だったとしても、こんなに平気じゃなかったと思う。
 体が苦しいには違いなかったけど…きっと誰にも見られたくなくて、頼りたくなくて、独りで抱えて過ごしただろうことを想像するのは容易い。

 あの時、沢田が抱いてくれたから。
 あの苦しさを嫌な苦しさじゃなくしてくれたから。

 だから今、あたしはあたしのままで無理せずいられるんだ。

 話が終わって無言になっても、沢田は手を繋いだまま離さずにいてくれて、アフリカで力仕事をしたからか少しかさつく節だった手は、こいつの気持ちと同じ様にあったかい。

 …この手で、いっぱい触られたんだ…。

 不意に昼間とは別人のようだった時間の沢田を思い出して、慌てて打ち消そうと息を詰めたら勢いで繋いだ手をギュッと強く握ってしまった。

「…どした?」
「あ、やっ…ななっなんでもない!!」

 ひー!こっち見んなあ!!

 向けられた長めの前髪から覗く視線を見返すのも恥ずかしくなっちゃって、もう俯くしかない。

 そりゃ、あの前の日もしてたから、初めてじゃなかったけど。
 次の日のは、むしろあたしの所為っていうか…「しない」って沢田は言ってたのに、あたしがあの野郎にノコノコついてった挙句、薬まで盛られちゃったから沢田はするしかなかったんだし。
 初めての時はなんか、あの見合い話でちょっと気持ちが参ってたのもあって…沢田はきっと流されたんだろうし。
 考えれば考えるほど、胃袋の上の方がギュウッと鈍い痛みを訴える。

 そのジクジクして、握りつぶされるみたいな痛みが、考えちゃだめだと本能的に告げている気がした。

 なのに頭に浮かぶのは耳元で聞こえた擦れた声とか、間近で見た黒くて熱っぽい目とかそんなんばっかりで。

「なんか顔赤ぇけど…マジで大丈夫かお前」
「いやっ!だっだっ大丈夫だって!!」

 だからこっち見んなバカタレ!!

 俯いたあたしの顔を心配そうに覗き込もうとする沢田から逃れるようにますます顔を俯かせざる負えない。
 ほっぺたが熱くて燃えそうで、どう考えたって真っ赤になっちゃってる顔を見られるわけにはいかないのに、何故か沢田は諦めずにまだ覗こうとする。

 それを防ぐ為にはしゃがみこむわけにもいかず、沢田の腕にしがみついて出来るだけ背中側に顔を押し付けた。

「…歩きにくいんスけど、センセー」
「いーからこのまま歩け!」
「いや…そんなくっつかれると、ちょっとこっちも…」

 なんかブツブツ言い出した沢田を後ろから頭で小突くようにして進むと、いつの間にそんなに歩いたのか、マンションのエントランスで沢田がエレベーターのボタンを押したのが分かった。

「ヤンクミ」
「なんだっ」
「オレ多分今、自制効かねぇからゴメン」
「…は?」
「とある事に気付いたお陰で、すげぇハイになってる」
「…普通に見えるぞ」
「見えるよーにしてんの」

 押し付けて俯いてる顔を少しだけ上げて沢田の顔を盗み見ても、特にいつもと変わりは無い。
 沢田の「ハイテンション」ってわっかりにっくいなー…。

 ポーン、と到着の音がしてエレベーターの扉が開く。
 乗り込んで階数のボタンを押し、独特の浮遊感と共に上昇する中、また『自称ハイテンション』の沢田が繋いだ手をキュッと握ってきた。

「まだ顔見ちゃダメ?」
「もーちょっとダメだ」

 赤みは大分引いてるだろうけど、くっついてるお陰で完全に引かない。
 部屋に入って離れてから少し落ち着かないことには、自分の顔を見せるのが怖かった。

「じゃあさ、顔見なけりゃいい?」
「へ?うん…何が?」
「目ぇ瞑ってたらそっち向いてもいい?」
「薄目なしなら…いいけど」
「よし」

 そんな約束をしてまで、なにやら沢田はこっちを向きたいらしい。

「わ、ちょっ…」
「悪ぃけど急いで」
「こっ転ぶ転ぶっ!」

 エレベーターを降りて大股で早足に部屋に向かう沢田に、半分以上引きずられるみたいに連れて行かれて…ちゅーかコンパスに違いがありすぎるのに気付けって!

 部屋の鍵を開けて中へ入った沢田に続いて、入ってすぐさま文句を言おうと口を開きかけた所を閉じたドアに強く体を押し付けられたのにびっくりして思わず顔を上げ見開いた目に飛び込んできたのは、長い睫を閉じた沢田の顔のドアップ。
 そして開きかけた口には、もう何度も味わった沢田の唇が乱暴に押し付けられた。

「んなっ…んむっ…んっ、んーっ!」

 反射的に閉じた唇を舌でこじ開けられて、口内で沢田の舌が暴れまわる。
 握られたままの逆の手で、胸板をドンドン叩くけど距離が近すぎる所為か全く微動だにせず、暴れるあたしの体の動きに合わせて、押さえ込まれたドアがガチャガチャと金属的な音を響かせるだけだった。

「…んっ、う…っ」

 されるがまま唇どころか舌も歯列も余す所なく貪られて何も考えられない。

「はっ…あ…ぁ…」

 角度を変えて何度も何度も続けられたそれは、音を立てて啄ばむキスに変わっても抵抗どころか足がガクガクして立ってるのがやっとの状態になる位気持ちが良かった。

 鼓膜のすぐ横に移動したのかと思うほど、バックンバックンと心臓の音が大きく感じる。

「…ん、よし」
「…ぇ…?」
「おかえり、ヤンクミ」
「…ぁ…え…た、だいま…?」

 最後にちゅっとやたら可愛い音を立てるキスをして体を離した沢田は、一人何かに納得した後それまでの強引なお前はどこいったんだよ!?と聞きたくなる程、ものっすごい普通に戻った。

 何?今のは何だったんだ!?

「そうだ、ヤンクミ」
「はえぇ!?」
「なるべく外ではしねぇようにすっけど、我慢できなくなったら悪ぃ」
「なにが…」
「キスとか。それ以上とか」
「………」

 玄関でへたり込んだまま大口開けてポカンと呆けたあたしを、クスッと笑って抱き上げてくれる。

「おわっ!?」
「腰抜けてんだろ?運んでやるよ」

 ニヤリと口の端を引き上げて言われた言葉に、カッとほっぺたが熱くなる。
 リビングのソファに降ろされソファの下で跪いた沢田が、あたしの両手を大きな手でそっと包んで、それまでの意地悪な笑顔とは違う真剣な顔で真っ直ぐに視線を合わせられた。
 抱き上げられる前の言葉の意味が掴めないあたしの口から、最初に出たのは疑問だった。

「…なんで…?」
「なんでだと思う?」
「………」

 茶化すこともなく見つめてくる沢田の目は恐ろしいほど綺麗だ。

 わからない。

 仲が良いから?
 一番傍にいたから?

 だから、流された?

「オレは答えを見つけた」
「どんな…」

 聞きたいような、聞きたくない答え。
 いつも白黒ハッキリさせないと気が済まないのに、沢田とだけはグレーのままでいたい。

「オレが我慢できねぇ意味、考えて」
「…考えたら…何か、変わるのか?」
「オレと同じ答えでも、違っても、変わるな」
「…あたしは…変わりたくないよ…」

 帰ってきた沢田の隣はやっぱり居心地がよくて、あたしはどうしてもこの距離を無くしたくなくて足掻いてる。
 一緒にいたいのに、答えを求めてくる沢田は2人の間の距離を否定してるように見えて…また、体の中にえもいわれぬ鈍い痛みがズクズクと広がっていくのを感じた。
 喉が渇いて、さっきまで沢田に散々濡らされ、今はカサカサに感じる唇を必死で舐めて潤す。

「お前が変わりたいって思った頃に、答え教えてやるよ」

 沢田は黙り込むあたしの唇にさっきと違う優しいだけのキスと、毎日一緒に居たあの頃よりも優しい苦笑を残して、キッチンへと姿を消した。


NEXT

甘くしようと思って撃沈しました…orz
鳴かぬなら、啼かせてみよう久美子さん。(あ、字が)
押せ押せで気付くんじゃなくて、自分で考えて気付いてね。という慎ちゃんでした。
…の割りにするこたぁするんですが。
そこはうちのERO慎ってことでお許しくださーい!^^;
次回も久美子さん視点ですが、気付くかどうか危ういです…。