気付いたら頭の中がシンプルになった。
傍にいれば触りたい。 傍にいなければ傍にいたい。
オレも普通の男だったのか、とちょっと笑えた。
そろそろ好きって言わせてよ <19>
ヤンクミの様子がおかしい。
今まではどんだけ近くによってものんびりした雰囲気で、不意打ちでキスをしても顔を赤くして「何すんだよもうっ!」の一言で済ませていたヤンクミが、一昨日からこっち1m以内に入るだけで爆発しそうな程真っ赤になってガッキン!!と音がしそうな固まり方をする。
「お前そっから入ってくんな!」 「…ここ、オレん家なんだけど」 「今はあたしもここが家なんだよっ」
んな無茶な。
二人の距離の境界線を勝手に決めてしまったヤンクミに、溜め息を漏らすと途端に少し不安げな表情で「1m」の距離を保ちつつもオレが移動する先々についてきて周りをウロチョロ。 オレの機嫌を気にしてるのか、大丈夫だから、という意味を込めていつものように後頭部を撫でようと手を伸ばせば、その手の先からきっかり1m以上離れて真っ赤な顔でわたわたしてるし。
最初は「答え」に気付いて、嫌悪感でも抱かれて避けられてるのかと肝を冷やしたけど、昨日ソファで座ったままうとうと居眠りしそうになってたら、寝てると
思ったのか自分から近づいてオレの頭を撫でてたり、起きてるのに気付くまでピッタリと横にくっついて座ってたりするから、多分気付いてはいるけど、自分の
中でオレとの関係を変える覚悟がついてないのかも、と察しがついた。
つーか…既に色々世間一般で言う「恋人」がすることシてんだから、今までとあんまり変わらないって気付かないもんかね。
そう考えて、やっぱり溜め息が出た。
それでも近づく度にこうも固まられるだけならまだしも、あれだけ徹底的に近づくなと言われると…惚れた相手だけに、流石にちょっとばかり傷付く。
ずっと今まで、仲間達みたいに女自体に興味を引かれることも、自分が誰かを好きと思う姿さえ想像できなくて。 聞かれる度「その内」とか先延ばしにして恋愛する気も起きなかったのは、多分、今思えばヤンクミの所為だと思う。 体を繋ぐまで気付かない自分も大概鈍いというのは否定しようにもできないが、それ程近くに居すぎた。
思い返せば学生時代から色々布石はあったんだ。
なつみは身内としても、他の女には微塵も感じない「可愛らしさ」をヤンクミには感じていたり。 増してや携帯の待ち受け画像に設定して…あまつさえ定期的に更新など。 それ以外だって、改めて過ごしてきた2人の時間を考えたら「ヤンクミ以外にできないこと」が多すぎて、今更ながら何故オレとヤンクミの仲が疑われてたのかがしみじみよくわかった。
「恋愛」というのがオレにとって問題外すぎて、頭の片隅にもなかったからだろうけど。
「…いつまでそっちにいんの」 「う、こ、ここが好きなんだ」 「なんで。いつもここ座るだろ」
座ってるソファの空いた隣のスペースをポンポン、と叩いて呼び寄せると、難しい顔をしてあっちへふらふらこっちへふらふら。
発情期の熊かっつーの。
じわじわ射程距離に入って来たヤンクミの腕を素早く引いて膝の上に座らせる。
「ひゃああ!?」 「うっさ…黙ってろ」 「何っ?ナンだよ!?」 「いーから…」
両腕ごと細い体を抱きしめて、鎖骨の辺りに顔を埋めひとつだけ軽くキスを落とした。
「ぎゃっ!」 「くっ…色気ねぇの」
亀のように首をすくめ「離せ」と叫んで暴れ逃げようとするのを押さえ込んで自分と同じシャンプーの香りを堪能していると、じわりとオレの中の「男」の部分が頭を擡げる。 その欲求のまま、いつもみたいに他の箇所よりも皮膚が薄い柔らかな…薄紅色に色づく場所へ唇を寄せた所で、腹部に有難くない衝撃を受けた。
…そりゃねぇだろ、おい。
至近距離からでいつもより威力は少ないとはいえ、元々女とは思えないパンチ力の持ち主から受けた鳩尾の痛みで、強制的に前かがみになり眉根が寄る。 一瞬止まった息を細かく長く吐き出して、飛び退くように腕から抜け出したヤンクミを睨んだ。
「…ってぇ…」 「ちょっちょちょ、調子に乗るなっ!!」 「…いつもしてることだろうが」 「いい今までが変だったんだ!」
真っ赤になって、ちゃっかり1m以上距離を取ってどもりながらも固い声で言うヤンクミの顔は横を向いていて、赤くなっているのはわかっても表情が見えない。
ただ照れているのか、それとも拒絶されているのか。
嫌悪されていないのは分かる。傍に居たくないわけじゃない、というのも。 オレとの関係を変える覚悟がついてないだけかと思ったけど、もしかしたら変えたくない…何もなかった頃に、男と女を持ち込まない単なる仲間で親友の関係に戻りたいってこと?
「…なあ」 「なんだよっ!」 「キスしていい?」 「…だ、だめだ!」 「なんで?」 「なんでって、お…おかしいだろ!?いくら親友ったってこんな…」 「親友がいい?」 「え?」 「お前、俺と親友なのがいいの?」 「そりゃ…うん。あたしお前と不自然になんの、いやだし…」 「わかった」 「あ、え…沢田っ?」 「悪ぃ、今日もう寝る」 「おい!沢田!」
追いかけ来る声は、オレには死刑宣告にしか聞こえない。 ほとんど見えかけてたヤンクミの気持ちが、寝室のドアと一緒に閉じられる。
「不自然」って。
あいつにとって、いかに嫌々だったのかがわかる言葉だ。 暇さえあればキスをして、慣れさせて…嫌々でも受け入れてくれるあいつに甘えて、言葉にしなかった、罰?
明日ヤンクミは大江戸へ帰り、オレの仕事が始まる。
親友に戻りたいというなら、どんな関係だろうとオレがあいつの傍に居たいと思っちまう以上、叶えてやるしかないよな…。 それでも、一度覚えてしまった蜜の味は、元に戻るには余りに甘くて、傍に居たら騙して丸め込んで言いくるめて、オレは何回でもまた味わいたくなるから。 そうして「戻りたい」と願うヤンクミを裏切り続けることになるのは目に見えてる。
気持ちを告げても、告げなくてもあいつが苦しむんなら…いっそ…いっその事。
ベッドに腰掛けて、自嘲の笑みに口が歪むのを止められない。
「生徒じゃなくなってンのにな…」
今までのオレはあいつにとって「元生徒」で「親友」。 ネックになるのは「元」でも「生徒」としての立場だと思っていたから、自分を「男」と意識させるよう仕向けて…結果、多分意識はされてる。「男」として。 だけど、それ以上に「親友」の立場がネックになるなんて思いもよらなかった。
…でも、この「親友」の立場さえ投げ打ってしまったら、傍にさえ居られなくなる。 軽い気持ちで触れることも、甘えられることもなくなるのは、もう、今更耐えれる自信がない。
惚れた弱みって、マジよく言ったもんだよな。
翌日、大江戸にヤンクミを送ってから、会社へと出勤し。 そのまま、引継ぎや覚える仕事の忙しさにかまけて家に帰るのさえ最小限に抑えたオレは、あいつの知らない携帯電話をひとつ買い、つい先日買ったばかりだった携帯は、机の奥深く仕舞いこんだ。
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こ…後退したーーーー!! すみません、手を出せなくなったら途端に弱気になる慎ちゃん…しっかりしろよ(笑)。 |
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